2005年、ロッテ対阪神の日本シリーズ第1戦では濃霧コールドとなった千葉マリンスタジアム(現ZOZOマリンスタジアム) ロッテの本拠地、ZOZOマリンスタジアムの移転が報じられた。老朽化が理由だとか。外観を見る限り、そんなに傷んでいる印象はないが、雨漏り、腐食は激しいらしい。潮風が猛烈に吹き寄せる東京湾に隣接しているからなぁ。
阪神が初めて、当時の名称「千葉マリンスタジアム」で公式戦を行ったのは1994年5月のヤクルト3連戦。初戦は白星だった。その後は2005年の日本シリーズに象徴されるように、悲惨な負け方を繰り返した記憶のほうが強いか。
意外だが、ロッテが本拠地を移すまで、千葉県内ではセパの公式戦が行われていない時代が続いていた。
〝千葉初〟の公式戦、当時のタテジマのチームリーダーは千葉県出身の和田豊(現1、2軍打撃巡回コーディネーター)。「凱旋する気分は?」と取材し、大きな記事になった。交流戦で2年に一度は必ず出向く現代から考えると、不思議な感覚に陥る。
ロッテが川崎球場の老朽化により千葉への移転で話題を集めたのは92年。30年余りで球場というものは朽ちるのか。
記者生活をスタートさせた39年前と比較して、今も同じ場所に存在している球場は、数えてみたら4つしかない。神宮球場、横浜スタジアム、西武球場(現ベルーナドーム)、そして甲子園球場だ。
西武は中途半端(?)なドームになって雰囲気はガラリと変わってしまったし、神宮はすぐ隣への移転が明らかになっている。もっと遡って、筆者が小学校時代の大洋ホエールズ(現DeNA)の本拠地は川崎球場だった。
となると、もはや甲子園だけが草創期から伝統を守り続ける球場ということになる。
そんな甲子園も改装が繰り返されてきた。2008年からの大改装は印象的だ。
「外観を維持しながらの工事が大変。全部、ぶっ壊して建て直した方が費用的には相当安くできる」
そう教えられた。でも、その外観を守る精神のおかげで、今も甲子園だけが「伝統を守っている球場」として称賛され続けている。
そして、現在は銀傘の拡張がシーズンオフを中心に4段階の工期に分けて、進行中。28年3月の完成を目指している。既存の内野席を覆う銀傘(8184平方メートル)に加えて、一、三塁のアルプス席の7割をカバーする3328平方メートルを作り上げる計画だ。灼熱の夏の甲子園。高校野球の応援団やファンにも、阪神ファンにも、最高のプレゼントになる。
「歴史と伝統を新たに紡いでいくことが使命」
今回の大改装に際して、阪神電鉄の思いを込めた言葉だ。甲子園球場だけは、変わらず存在し続ける。野球を愛するファンにとっては、なんとありがたいことか。
ただし。個人的意見を言わせてもらう。
ZOZOマリンが移転することで、記者席が屋外の球場は甲子園だけになる。ロッテの新球場の記者席が部屋の中なのか、外なのかは不明だが。
3月の極寒のオープン戦で震えあがり、夏の猛暑で汗まみれになり…。冷暖房のない甲子園の記者席の環境は間違いなく12球団の本拠地ワースト。何とかしてくれないかなぁ。新聞記者の言い分なんて、誰も聞いてくれないか?
■上田 雅昭(うえだ・まさあき) 1962(昭和37)年8月24日生まれ、京都市生まれ。86年入社。近鉄、オリックス、阪神を担当。30年近くプロ野球を見てきたが、担当球団が一度も優勝していないのが自慢(?)