4月23日のDeNA戦で今季1号を放った阪神・大山悠輔 〝4番壊滅症候群〟のセ・リーグで唯一、阪神の4番・佐藤輝明内野手(26)は元気溌剌で首位快走の立役者です。今後の重要ポイントは背後の5番・大山悠輔内野手(30)のバットでしょう。得点圏打率まで低下すれば佐藤輝への相手バッテリーのマークは厳しさを増し、現在の好循環が断ち切られる心配はあります。巨人・岡本、ヤクルト・村上、広島・モンテロ、DeNA・オースティンや中日・細川ら4番が次々に〝壊滅〟してきた現象が将来、虎にも及ばないことを祈ります。サトテル好調維持ならば、阪神は独走気配ですよ。
〝4番壊滅症候群〟…という本題に入る前に、またしても伝わってきた訃報について書きたいと思います。今年は2月3日に阪神で日本一に輝いた吉田義男さんが91歳でお亡くなりになられました。続いて「精密機械」と呼ばれた通算320勝の大投手・小山正明さんも4月18日に90歳で鬼籍に入られ、今度は阪急阪神ホールディングス(HD)の元会長の角和夫さんが4月26日、兵庫県宝塚市内の自宅で死去したことが明らかになりました。76歳でした。
角和夫氏吉田さんや小山さんとは違い、角さんはタイガースの野球史にプレーヤーとして名前を刻まれた方ではありませんが、3年前の2022年オフに早大の先輩後輩として以前から親交のあった岡田彰布氏を監督に復帰させたキングメーカーでした。角さんは03年に阪急電鉄(現阪急阪神HD)の社長に就任。村上ファンドによる株式大量取得問題に揺れた阪神電鉄との経営統合を決断し、06年には阪急阪神HDの社長に就きました。その後は「阪神タイガースは阪神のもの」というスタンスを貫いていましたが、経営統合から16年が過ぎてもリーグ優勝がなく、チームの管理運営方法に疑問を抱いたことから22年のシーズン終了後に「2年間だけ、私に任せて欲しい」と阪神首脳の平田勝男2軍監督(当時も)昇格プランを退けて、岡田氏の15年ぶりの阪神監督復帰を主導しました。結果は23年の18年ぶりのリーグ優勝、38年ぶり2度目の日本一獲得という成功を収め、「結果として私が岡田さんに頼んだのは大成功でした」と角さんは語っていました。
阪急阪神の経営統合の直後、一度だけ角さんを阪急電鉄本社で取材したことがあります。産経新聞社の経済部の取材に同行して、一点だけ質問をしました。「今後のタイガースに対するスタンスはどうなるのか? 例えば監督問題など人事にも影響力を行使するのですか?」と…。すると角さんは「阪神タイガースは阪神のものです。タイガースのことは阪神がお決めになります」と言い切りました。それでもコロナ禍における阪神球団の対応や、経営統合後、16年も優勝がなかったことでしびれを切らしたのでしょう。矢野燿大監督が春季キャンプの前夜に「今季限りでの退任」を表明した22年は、シーズン中から岡田彰布氏の監督復帰に向けた根回しを行っていました。
阪急と阪神の間で監督人事を巡り、微妙な空気が流れ、阪神球団はマスコミに対して「監督問題を書いたら半永久的に出入り禁止」を通達してきました。しかし、トップニュースである阪神の新監督が取材の成果として分かれば書くのは当たり前です。書きました。そこから1カ月半の出入り禁止。ニュースを抜いた喜びと出禁になった憤りが合わさって…。今でも当時のことが懐かしく感じます。角さんは岡田招聘によってタイガースに緊張感や危機感を与えた辣腕の経営者でした。