新庄監督㊧のメッツ時代、森アナは米国に飛び、キャンプを取材。阪神時代から信頼関係を築いていた(森アナ提供) 安芸キャンプ期間での一コマ。カラオケを楽しむ新庄㊧と森アナ サンスポのオフ企画が今年もスタート。火曜日は華々しく誕生した日本ハム・新庄剛志新監督(49)の阪神時代を振り返る「タテジマでのビッグボス」をお送りします。第1回は親交の厚い森たけしフリーアナウンサー(62)が登場。読売テレビの情報番組「す・またん!」(毎週月~金曜日、午前5時10分から)でおなじみの朝の顔が、亀新フィーバーでの葛藤や好物まで、プライベート写真とともに思い出を語った。(取材・構成=阿部祐亮)
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あの言葉だけは今でもはっきり覚えています。
「死ぬ気でやります」
2000年の開幕前、新庄君は私に宣言しました。「誰にも文句を言わせない成績を残して、メジャーにいきます」。阪神で自身初の開幕4番を務め、8月にフリーエージェント(FA)権を取得。キャリアハイの28本塁打、85打点を残し、イチローと同時期に日本人野手で初のメジャー挑戦とはびっくりしたなぁ。
読売テレビの「週刊トラトラタイガース」の取材で新庄君とは知り合いました。当時は亀新フィーバー。負けても常に求められるのは新庄君と亀山(努)さんのプレーでした。だから「とにかく試合に出続けてほしい」とお願いしていましたが、シーズンが進めば進むほど、新庄君のうつむく姿がすごく気になりました。派手さばかり目立ちますが、誰よりもチーム全体のことを考える性格。自分だけスポットライトを浴びてしまう現実が許せなかったのでしょう。新庄剛志という役者を捨てるためのメジャー挑戦だったのかもしれません。
春季キャンプ中は、よくご飯にもいきました。高知・安芸の海鮮居酒屋。カツオをはじめとした魚料理が中心と思うでしょ? まず最初に出てきたのはウインナー。同僚のアナウンサーが、新庄君が好きだからと注文したのですが、おいしそうに食べていました。食にはまったくこだわらないタイプなんです。
阪神時代の新庄監督と話す、森アナウンサー もちろん女性ファンからも人気がありました。でも、新庄君はチヤホヤされることを本当に嫌がった。お酒もそんなに飲みません。トークも野球の話ばかりでした。
「桧山(進次郎)さんの守備がうまい」「うまくなりたい」ということから始まり「センターはホームから一番離れているでしょ? そこから走者を刺すのがかっこいい」という憧れや「野村(克也)監督の長いミーティングがつらい」とか。すごくチーム全体を客観視していました。そして、いつも造園業を営んでいたご両親の話に。新庄君は石を運ぶなど、お手伝いをしたことで足腰が鍛えられたそうで、すごく感謝していました。大人になると、なかなか自分の親の話ってしませんよね? 本当に親思いな選手でした。
今は日本ハムの新監督として、さまざまな仕掛けで先頭に立っています。このプロデュース力はテレビマンも顔負け。でも、主役は自分ではないと思っているからこそ、きっとシーズンが近づくにつれて選手を前面に出すでしょう。〝野球小僧〟の精神で戦う日本ハムが楽しみ。春季キャンプ、見に行きたいなぁ。沖縄・名護? 新庄君のことだから、海外でしたりして⁉(フリーアナウンサー)
★2000年の新庄剛志VTR オフに左膝の遊離軟骨除去手術を受けた影響で春季キャンプは別メニュー調整。それでも「4番・中堅」で開幕スタメンに名を連ねた。序盤から快調に打ち続け、7月20日の巨人戦(甲子園)で通算1000試合出場に到達。8月には初めてFA権を取得した。野村克也監督就任2年目でチームは最下位に終わったが、打率・278、142安打、23二塁打、28本塁打、85打点、15盗塁はいずれもチーム最多。本塁打、打点はキャリアベストを更新した。11月9日にFA宣言。横浜やヤクルトと交渉していると報道されるも、フタを開けてみればビックリ、移籍先は米大リーグ・メッツだった。