8日に4月限りで引退を発表した石神深一騎手(43歳)=美浦・フリー。これには正直驚いた。前日の7日は競馬学校騎手課程45期生の入学式があり、次男・龍貴くんの保護者として出席。記者は取材していたのに全く〝引退する〟という雰囲気は一切感じさせなかった。
記者は入学式の紙面原稿には載せなかったが、下書きの時点では「兄・深道騎手と親子3人でレースに~」という原稿を作っていた。もし、紙面に掲載していたらと考えると〝赤っ恥〟の極み。そう思うとぞっとした。
「ここまで出そうでしたが、我慢しました」と喉元に手を置いてにやっとと笑う石神深騎手。見事にいっぱい食わされた。
2001年3月に美浦・成宮明光厩舎からデビュー。障害戦に乗り始めたのは意外にも07年4月とずいぶんたってからだった。「平地の乗り鞍が減少してきて、もう少し乗り役を続けたいという気持ちがあったので障害戦に騎乗することにしました。山本康志さん(元騎手)に声をかけられたのがきっかけです。北馬場の障害コースで一緒に併せ馬で跳んでくれたりしました。障害初騎乗も山本さんのお手馬だったジンデンバリューという馬でした」
障害初騎乗は07年4月29日の東京4R(障害未勝利)でジンデンバリューに騎乗して10着。これが障害の第一人者、石神深一のスタートとなった。障害戦に乗り始めて今年でちょうど20年目。13年J・GⅢ新潟ジャンプSをアサティスボーイで重賞初勝利。今まで積み上げてきた障害重賞は26勝。史上最強の名ジャンパー、オジュウチョウサンとのコンビで重賞14勝(うち中山大障害、中山グランドジャンプのJ・GⅠは8勝)を挙げた。
「ジンデンバリューから長く障害戦に乗ってきて、オジュウチョウサンをはじめ、たくさんのいい馬に乗せてもらってきた。J・GⅠ5連勝や障害最多勝利や特別賞などもいただいて、中身が濃い内容で障害界に名前を残せたのはよかったと思います」と心境を吐露した。
父・富士雄さんも元ジョッキーだったが、障害戦に騎乗することはなかった。21歳でデビューして18年間騎手生活を過ごして通算成績は1917戦154勝。重賞は1勝だった。
「父は確か39歳まで乗っていたと思います。僕は今43歳で乗っています。勝負に対して強い気持ちを持ち続けないと、トップクラスではやっていけませんからね。それと同期の存在。みんなで高め合って、盛り上げてこられたのでここまでやれたんだと思います」
12日の障害戦終了後に、中山競馬場にいた同期の騎手課程17期生(大庭和弥元騎手、柄崎将寿調教師、難波剛健騎手、蓑島靖典騎手)が集まって記念撮影を行った。
「まだ来週も競馬がありますし、今まで通りやることは変わりないですよ。1つでも上の着順に持って来られるように頑張るだけです」と気を引き締めた。
19日の中山グランドジャンプではプラチナドリームに騎乗予定で、レース終了後には引退式が予定されている。5月からは柄崎将寿厩舎で調教助手に転身するが、騎手免許を返上するまでは〝ギラギラと燃えた勝負師〟に徹する。(東京サンスポ・片岡良典)