ジャン・レノという俳優を知ったのはリュック・ベッソン監督のフランス映画「レオン」。ローティーン(13歳)のナタリー・ポートマンがヒロインで、ジャンは風変わりな心優しき殺し屋を演じていました。
1994年の公開から32年がたち、ジャンも77歳に。そのジャンが自身の半生を伝えるソロパフォーマンス「らくだ」を5月10日から西池袋の東京芸術劇場シアターウエストで上演します。
独り芝居を演じようと思ったきっかけは、大切にしてきた家族に「自分の人生を語りたい」願いがあったからです。俳優である自分と私生活の自分は違う。「映画の中の俳優役ではなく、これまでの自分の歩み、人物像を、子供たちに伝えたい欲求があったんです」
子供の頃、生まれ育ったモロッコを離れフランスに移住。寡黙な父は家族のルーツについては話さず、「祖父母のことは知らなかった」と言います。だからこそ父親として、来日して観劇する6人の子どもたちに「私は何者なんだ、私は誰なんだ、どこから来たのかといったことを伝えたい」と語気を強めます。
なぜ舞台が映画ではなく演劇なのかもルーツに基づいています。移住後に演劇学校に入り芝居の始まりは劇団から。
「脚本を書いているときに映像で撮って世界を回る形は思いつきませんでした。自分なりの自分は舞台で演じる。やはり私は舞台演劇から来た人間なんです。自分が元々いた場所へのリスペクトということもあります」
それにしてもなぜ日本なのでしょうか。「日本のことがずっと好きで、4分の1世紀ほどのお付き合いがあります」と言うのは、広末涼子と共演したリュック・ベッソン監督の映画「WASABI」(仏で2001年公開)のときから。
「今回のクリエーション(創作)を日本でやろうと思ったのはその(25年間分の)愛情から来ました」と言い切ります。
しかし日本のどこが好きかに関しては「難しいです。何かを好き、何かを愛することは定義できない。香水の香りは分析できないし、結婚生活での妻への愛も同じ。日本のことは全てを含めて好き。ディテール(詳細)で説明できません」。言葉にできないほどの日本愛が伝わってきました。
脚本はすべて自分で書き上げ、7歳の時に母親とモロッコのバルコニーで見た風景が出発点。パブロ・ランティのピアノをバックに語り、演じ、歌い、「演技の間に歌を挟み込むのは効果的で、芝居にリズムが生まれます。涙とユーモアもいっぱい」の自信作です。
東京公演は5月10日~24日。以降、富山(30、31日)、兵庫(6月4日)、静岡(7日)、宮城(16日)、石川(20日)、高知(27日)、福岡(7月4日)、山口(6日、8日)、京都(11、12日)、愛知(14、15日)、岡山(18、19日)と、〝ラクダ〟の背に揺られながら全国を巡ります。
「私はラクダのように一歩一歩、進む人間。いろいろな動物と共演してきましたが、自分はどんな動物なのかと考えたとき、ラクダだと思いました。人を運ぶ、荷物を運ぶ。ゆっくり反芻(はんすう)して、ゆっくり観察する。家族を運び、苦しみや孤独も運び、人との出会いも運びました」と優し気な笑み。
公演を目前に控え「日本人の優しさ、私たちを受け入れて歓迎してくれる気持ち、他者を尊敬する気持ちは25年前と変わっていません。ぜひ私の軌跡を子どもたちと一緒に皆さんにも見ていただきたい」。いよいよ、世界的名優の独り芝居の幕が開きます。(秋谷哲)