2020年に死去した野村克也さん(享年84)は、自らの野球理論をノートに書き残していた。「野村note」に登場するライバル球団の投手らが、野村さんが初の日本一に輝いた1993年当時を証言する企画の5人目は、92年にドラフト1位で大洋(現DeNA)に入団し、日米で45歳まで現役を続けた斎藤隆氏(55)。93年はプロ初勝利を含む8勝を挙げたものの、ヤクルト戦は0勝に終わった。(取材構成・松尾雅博)
自身の分析が記された野村ノートに目を通した斎藤は、何度もうなずきながら喜びを口にした。
「1993年は実質、プロ1年目。体力も技術もなければ、あと先を考える余裕もない。未熟でした。2、3年後ならわかりますが、この年に野村さんが見てくれていたのは意外でした」
野村ヤクルトとの戦いを振り返った斎藤隆さん斎藤は92年にドラフト1位で入団。150キロを超す直球を武器に即戦力と期待されたものの、1年目は6試合で0勝2敗、防御率8・44に終わった。ヤクルト戦には登板がなく、92年のノートに書かれていたのは名前だけで、分析のスペースは空白だった。
2年目の93年はプロ初勝利を含む8勝(10敗、防御率3・81)を挙げたが、ヤクルト戦は0勝3敗、防御率6・04。野村ノートには、球種ごとに以下のように記されている。
ストレート‥生命線。スピードあり。147~148キロ。コントロールなし。ストライクを入れるくらいのもの。必ず失投あり。両サイドへの投げ分け
カーブ‥続かないが、目先を変える、カウントを稼ぐといったときに使う
スライダー‥ストレートの雰囲気のとき、主力に対しボール先行のとき(0―1、0―2)のカウント稼ぎ。困ったときに頼りたがる
フォーク‥勝負球としての武器。主力、ピンチ、追い込んで頼る
「プロ初勝利(4月29日の巨人戦=横浜=で1失点完投)は覚えていますが、負けた試合の記憶の方が多いですね。特にヤクルト戦は自分の中に、いいピッチングをした映像がありません」
理由は「分析してもらうのが申し訳ないくらいに周りが見えていなかった。2失点で同点、3点取られたら負けだと、自分で自分の首を絞めていたような感じ」と笑う。フルカウントにすることが多く、チームメートから『お前が投げると試合が長い』と文句を言われていたそうだ。
プロ初勝利を完投で飾り、ナインとハイタッチをする横浜時代の斎藤隆さん(右) =1993年4月29日、横浜スタジアムだが、9勝(12敗、防御率3・13)を挙げた翌94年はヤクルトから5勝2敗、防御率1・17と好成績を残した。「93年と違ったのは、シュートを投げ始めたことかな。左打者によく打たれていたので、それをどう減らすかを考えてのことですね」。