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【医師水町 視線の先に】衆参の3分の1が世襲議員である自民党…かつて金日成に「政治家は一代限り」と直言した宇都宮徳馬氏の姿は今の世にどう映るであろうか

水町クリニックの水町重範総院長(本人提供)

文芸春秋12月号の随筆欄に、イタリア在住の作家塩野七生氏(87)が「宴のあと」と題して総裁選の結果とその後の組閣の陣容に付いて、恩返し組閣名簿と名付けておられる。愛国者であるが故の塩野氏の指摘は手厳しいがなるほどと思うことが記されている。

87歳になる塩野七生氏はその名の如く7月7日生まれで進学校として有名な日比谷高を経て学習院大に進む。目的は翻訳者への道だったようだが、1969年から執筆活動を開始。後に拠点をイタリアに移し、永住権も得ているが日本に対する憂国の思いをつづった文芸春秋の随筆は機知に富んでいる。世襲議員についての指摘も納得させるものがある。いつの間にか政治家が職業となってしまっている。確かに政治家は本来職業ではないはずだ。継ぐべき職業ではないはずである。継承できるものでもない。

社会には継承できる仕事とできない仕事がある。例えば医師は勝手に継承できない。なぜなら教育を受け、国家試験を通らなければならない。他方全く実力で勝負しなければ世間に通用しないのが料理人とか音楽家とか作家など芸術家を含め、全ては試験ではなく厳しい道が待っている。

塩野氏は将に政治屋ではなく政治家でなくてはならないと説いておられるのは、すなわち選挙民によって選ばれたのであり、だから職業ではないということであろう。しかるに今日の自民党においては衆参合わせて約90人、3分の1近くが2世、3世議員である。血統ではなく社会における選挙によって選ばれた政治家が社会を動かすという大義はあるものの、何代にもわたって政治家を輩出する家系や婚姻によってその勢力図を拡大・強化してゆく様は結局世間を愚弄するだけのことに他ならない。


総理就任前は自分自身世襲議員であったにもかかわらず世襲問題に積極的に発言しておられた石破総理が総理就任後はかなり控えめな発言に終始しておられるのはやはり我が身かわいさなのだろうか。

かつて宇都宮徳馬氏(1906~2000年)という政治家がいた。75年当時の三木武夫首相(07~88年)が東京都知事選に出馬させようとした人だ。それに対し、頑として要請を断り、病気として慶大病院に入院してしまった。国会議員としてやるべきことを遂行するからという理由であったが、あくまでもリベラルに徹し、超有力企業ミノファーゲン製薬の社長でありながらも国際的な軍縮・平和促進のために全てを捧げた人だ。その入院期間中の担当医は私だった。入院中、朝鮮戦争の結果朝鮮半島における人民が犠牲となり、反共防壁のため民族が分断されていることを教わった。連日、夜は戦争と平和の訓話であった。宇都宮氏が北朝鮮の国家主席・金日成(12~94年)と会談した際、息子である金正日(41~2011年)を後継と決めていた金日成に「政治家は一代限り」と直言した宇都宮氏の姿は今の世にどう映るであろうか。私が担当し、人を愛することを教わった懐かしい政治家である。

■水町重範(みずまち・しげのり) 1946年生まれ、78歳。岐阜県出身。日本医科大卒業後、慶大病院内科を経て、82年に東京・西新宿に水町クリニック開設。岸信介、鈴木善幸、中曽根康弘各首相の主治医となり、鈴木氏、中曽根氏の外遊時、歴代最多23回にわたって随行医を務めた。充実した医療提供のために設置した会員制医療サービス「水町メディカルクラブ」には政界、財界、スポーツ界、芸能界などから多くの会員が集まる。

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