現役引退の記者会見をするプロ野球ソフトバンクの和田毅投手=5日、福岡市のみずほペイペイドーム ソフトバンク・和田毅投手(43)が5日、今季限りでの現役引退を発表し、みずほペイペイドームで引退会見を行った。2003年に早大から自由枠でダイエー(現ソフトバンク)に入団し、日米通算165勝。最後の「松坂世代」&「ダイエー戦士」として活躍した左腕は笑顔で22年間の現役生活に別れを告げた。会見途中には有原ら現役選手やOBで現在は球団職員の新垣渚氏ら11人がサプライズで花束を贈呈した。主な一問一答は次の通り。
──引退を決断
「今年の7月過ぎ。皆さんに知られずにこの日を迎えられて良かったです」
──決断理由は
「5年前から肩の痛みと闘いながら投げた。ここ5年は駄目になったらやめようと思っていた。周りにも言っていたし、そこにうそ偽りはないです」
──続けて
「今年は膝の痛みから腰、内転筋の肉離れ…。(9月25日の西武戦で)中継ぎで投げたときも肩の痛みを抱えながら注射を打った。決断してからは体がどんどんボロボロになっているなと思って投げていました」
──シーズン中に引退発表しなかった
「いろんな人の考え方ありますが、ホークスが優勝した後に引退報告をしてファン、選手が『和田さんのために日本一になろう』という空気にしたくなかった。自分は今年、貢献ができていませんし、優勝したのはみんなの力。その中に私情を挟んではいけないなと思いました。みんなの力でCS、日本シリーズを戦ってほしい。球団の方からは引退試合の話はいただきましたが、固辞をさせていただきました」
──固辞した理由は
「22年間、真剣勝負をやってきたという自負は持っている。引退試合になると、野手の方が三振してくれたり、そういう空気じゃないですけどあると思う。僕のプライドは真剣勝負で22年間、奪ってきたアウトの中にその1つのアウトを入れたくなかった。22年間やらせてもらって、自分としては最後のわがまま」
──3月のオープン戦で引退試合の可能性がある
「オープン戦になれば三振を豪快にしてくれても査定には響かないと思いますし、自分も三振を取っても笑って終われると思う。ファン感(ファンフェスティバル)も言われたんですけどそこはファンに感謝する日。『そこでは絶対にしてほしくない』と言いました」
──現役生活の22年間を振り返って
「悔いのない、やり残したことのない野球人生だと思っています」
──思い出は
「22年のすべてが思い出ですし、新人の頃は日本一を経験させていただきましたし、今では絶対にない完投で胴上げしていただいた。今考えたらルーキーで胴上げ投手はありえない。王会長(当時監督)にやっていただいた。けがもあったり、米国に行ったり、失敗もありましたけど、これまでの野球人生の中で無駄なことはない。そこは誇りに思っている」
──プロ野球選手としてのこだわり
「ファンあってのプロ野球ですし、1人で優勝はできない。みんなの力が集まって、そしてみんなが同じ方向を向いて勝っていく。それを大事にしていましたし、チームあっての自分だと思って戦ってきた」
──ホークスへの思い
「日本一、世界一のファンだと思っています。2018年にけがで1年半投げられなかったんですけど、2019年にマウンドに上がったとき、本当にすごい拍手をいただいて、これだけのファンの方に待っていただいたのかなと思うとすごくうれしかった。あの時の拍手は忘れない」
──〝松坂世代〟の最後の一人。松坂大輔の存在
「常に僕らの太陽と言いますか、トップ。僕でいったん松坂世代が終わってしまう。本人に連絡したら、自分が辞めることを悲しんでくれた。同級生の全員が引退になって『なにかやろう』という話はしました」
──引退後は
「まったく何も決まっていない。本当に内密に進めていましたし、絶対に漏らしたくないという気持ちだった。王会長に知らせたのはきのうの朝。裏方さんや選手に伝えたのもきのう」
──指導者としてユニホームを着る
「今の自分ではまだまだ勉強不足ですぐなれると思っていない。しっかり勉強してそういう日が来るのであれば、オファーをいただけるのであれば、見合う人物になって戻りたい」