優勝した安田祐香はインタビュー中に涙も見せた(撮影・高橋朋彦) ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープン最終日(22日、宮城・利府GC=6638ヤード、パー72)悪天候によるコースコンディション不良のためイン9ホールのみで最終ラウンド(R)が行われ、単独首位で出た安田祐香(23)=NEC=が4バーディー、2ボギーの34で回り、通算9アンダーでツアー初優勝を挙げた。21日の第2Rが中止になるなどした影響で、競技は27ホールに短縮。72人が決勝Rに進んでいたが、セカンドカットが実施され、この日は第1Rで30位までの37人のみがプレーした。
長く降った雨が、ようやくあがった。18番グリーンで優勝インタビューを受ける安田の頭に、5年間の記憶が巡った。逃し続けた初Vに、思いが涙となって頰を伝った。
「泣くとは思わなかった…。いろんな悔しかった思い出がありました」
最終日はイン9ホールのみの短期決戦を、1打リードの単独首位で出て11、13番でバーディー。15番の第1打の後に悪天候で約1時間半中断し、再開直後に今大会初ボギーをたたいた。しかし16番で第2打をピン30センチ、17番(ともにパー4)も3メートルにつけて伸ばし、後続を突き放した。
ティーショットを放つ優勝した安田祐香(撮影・高橋朋彦)米ツアーで戦う古江彩佳、西村優菜、吉田優利らと同じ2000年度生まれの「ミレニアム世代」。アマチュア時代は安田が筆頭格で、19年「オーガスタ女子アマ」に日本勢でただ一人出場して3位になるなど、国内外で活躍。同年のプロテストに一発合格した。
しかしそこから苦戦。1、2年目は腰や首のけがに悩み、優勝争いをしても勝ち切れず。同い年や年下が次々と頂点に立つ中、5年でトップ10入りは16度、2位は3度。23年「フジサンケイレディスクラシック」は、単独首位の最終日の上がり2ホールで2つ落として惜敗。SNSでは「勝てない」など心ない言葉が届いた。「気にしないけど、悔しい。頑張る元にもなった」と明かす。
ただ、心は折れなかった。「ゴルフを考える時間も増えた。どうしたら勝てるのか。1年ずつ成長した」。22年から毎週のようにトレーニングを実施。特に下半身を鍛え、最終日もショットが安定するようになった。
優勝を届けたい人もいた。今年7月に76歳で亡くなった坂田信弘さん。小3で坂田さんが主宰した「坂田塾」に入り、基礎を作った。「できれば優勝している姿を見てほしかった。もう一回気を入れ直し、私も頑張らないとって。天国で見てもらえたかな」と涙した。
「常に上位で入れる選手になるのが目標」とさらに視線を上げた。第二のゴルフ人生を、晴れ一色にする。(高橋朝香)
■安田 祐香(やすだ・ゆうか) 2000(平成12)年12月24日生まれ、23歳。神戸市出身。8歳からゴルフを始める。兵庫・滝川第二高2年時の17年「日本女子アマ」優勝。17年7月のレギュラーツアー初出場からアマチュア最多タイの10試合連続予選通過。19年11月のプロテストで一発合格。昨季メルセデスランキング35位で初シード獲得。163センチ。
優勝した安田祐香と父・光祐さん、母・美香さん(撮影・高橋朋彦)■母・美香さんは毎試合帯同「本当にうれしい」
安田の母・美香さんは18番グリーンのそばで歓喜の瞬間を共有し、娘とハグを交わした。「本当にうれしい。帯同していてよかったと思います」と声を詰まらせた。プロ転向後は毎試合欠かさず帯同し、毎日一口サイズのおにぎりを握った。悔し涙を流す姿を何度も見てきたが、やっと1勝目をつかんだまな娘に「また楽しいプロゴルファーとしての生活ができたら」と目を細めた。