グループサウンズ、ザ・タイガースのメンバーで、テレビの司会者や俳優としても親しまれたタレント、岸部四郎(きしべ・しろう)さんが8月28日午前4時33分、拡張型心筋症による急性心不全のため千葉県内の病院で死去していたことが15日、分かった。71歳だった。飛ぶ鳥を落とす勢いの活躍から一転、自己破産するなど波瀾(はらん)万丈の人生。晩年は闘病に苦しみながらも復帰を目指していた。7年前のタイガース再結成コンサートが、ビッグステージとして最後の公の場となった。
天国と地獄を知る男が、人生の幕をひっそりと閉じた。
所属事務所は15日、文書で岸部さんの死去を発表。本紙の取材に応じたマネジャーは「眠るように息を引き取ったと聞いています」と言葉少なに明かした。亡くなる直前まで意識があり、最期は実兄の俳優、岸部一徳(73)と実姉に看取られたという。葬儀は近親者で済ませた。
最後のビッグステージは2013年12月27日、再結成したザ・タイガースが東京ドームで行ったライブツアー最終日。車いすで登場し、ビートルズの名曲「イエスタデイ」を歌った。結成以来初めて全ての在籍したメンバーがそろう中での熱唱だった。だが、その後の消息はほぼ明かされていなかった。
まさに波瀾(はらん)万丈の人生だった。
岸部さんは1969年、当時絶大な人気を誇ったザ・タイガースに、脱退したギターの加橋かつみ(72)に代わって「岸部シロー」の芸名で加入し、デビュー。メガネ姿に関西弁、軽快なトークが受け、瞬く間に人気者になった。
71年の解散後は俳優としても活躍。78年には日本テレビ系「西遊記」で沙悟浄役を演じて人気を集めた。84年からは日本テレビ系ワイドショー「ルックルックこんにちは」の司会を98年まで13年半にわたって担当、芸能人として確かな基盤を築いた…かに見えた。
人生が一転したのは98年。バブル時代に米国のディスコを経営するなど無謀な事業に手を出し、骨董収集にのめり込む。さらに人の良さから連帯保証人を引き受けるなどして、サイドビジネスで不渡り手形を出し、約6億円の負債を抱えて自己破産。それを理由に「ルックルック-」を突然降板して大騒動となり、芸能活動の自粛を余儀なくされた。
その後、本名で再び芸能活動を始め、自虐ネタを笑いに変えてバラエティーで活躍。だが、2003年には脳出血を発症。右目の視野が3分の1なくなる視野狭窄(きょうさく)の後遺症を負い、追い打ちをかけるように07年、糟糠の妻が心不全によって急死。43歳の若さだった。
ショックと寂しさのあまり、鬱病とパニック障害も併発。これまでの自虐ネタをつづったブログが受け、書籍化されるなど再ブレークする一方、パーキンソン病も患ったため、歩行困難や手足の震えで10年ほど前から病院や介護保険施設に入退院を繰り返してきた。
何度も試練に見舞われながら、その都度、復活してきた岸部さん。4年ほど前から再入院、闘病を続けながら復帰を目指していたが、最後の願いはかなわなかった。