天国でも虎党であり続ける鋭ちゃんへ-。生前、阪神に熱烈エールを送り続けた中村さん。「六甲おろし」が代名詞の親友に、キダが鎮魂の「タイガース音頭」を捧げた。
「ずっと『キダより先に死ねんのや』って言っていました。『キダの弔辞を読まなあかんから死ぬに死ねん。弔辞の後に(中村さんの故郷・滋賀の)江州音頭を思いっきり踊んねや』としょっちゅう言うてました。だから先に逝った罰として、タイガース音頭を歌ってもらいました」
タイガース音頭は、作詞家のもず唱平さん(79)が作詞、キダが作曲を務め、中村さんとサウンド・フォーが歌い1976年に発売された一曲。斎場でCDを流し、故人を弔った。
祭壇にはミスタータイガース・藤村富美男さんとのツーショット写真や金本知憲監督(49)のサイン色紙、8日付で訃報を報じたスポーツ新聞…。どれもが中村さんのタイガース愛を雄弁に語っていた。
キダの代表番組が、1973年に始まったABCラジオ「フレッシュ9時半!キダ・タローです」。中村さんの「おはようパーソナリティ中村鋭一です」が77年で終了するまで毎週5日、午前9時半にバトンタッチする盟友の間柄だった。
中村さんと回ったゴルフは思い出として刻まれている。24オン2パット。簡単なショートホールで18打…。「芝生の上を転がるくらいめっちゃ楽しかった」と笑いながら振り返った。