軒並み観客動員数が増加するなど好況の昨今では、東京のチームの営業担当者ほど「スポンサーが集まらない」と嘆く。地元球団へのサポートに広告価値を見いだす「地元企業」がなく、シビアな「ナショナルクライアント」に掛け合わざるを得ないからだ。
一方、空前の人気のDeNAでは、横浜を脱出して東京に住居を移す主力選手も。いわく「横浜では顔が知られすぎているから」。地域密着の成功例として、うれしい(?)誤算だろう。
さて、練馬独立の歴史には、実は熱〜い闘争があった。練馬区独立60周年記念誌「ねりま60」によると、最初に声が上がったのは戦前の32年。戦後はGHQに陳情するなど独立運動を展開し、反対派を説き伏せて宿願を果たした。独立を求めた大きな要因は、交通の便の悪さ。住民の声が紹介されている。
「板橋区役所に税金を納めにいくのに、税金より交通費の方が高い!」
確かにそれは捨て置けぬ。練馬で育ちウン十年。熱い独立運動に思いをはせ、皆無だった地元アイデンティティーが少し、頭をもたげた。