阪神1軍チーフ打撃コーチ時代の水谷実雄さん=2012年10月撮影 プロ野球広島、阪急で強打者として活躍し、中日、阪神などでコーチを務めた水谷実雄(みずたに・じつお)さんが10日に亡くなった。77歳だった。私が記者として駆け出しだった頃、水谷さんを取材する機会があった。
水谷さんは2013年に阪神1軍チーフ打撃コーチに就任。現在、広島の指揮を執る新井貴浩監督は現役時代、阪神の主力打者として指導を受けていた。当時、阪神担当だった私は新井さんについてなど、水谷さんに何度も取材をした。チーフ打撃コーチに就任した直後の2月の春季キャンプ。水谷さんは「新井をなんとかせなあかん」と口にし、前年の12年は122試合に出場し、打率・250、9本塁打、52打点と本来の力を発揮できていなかった大砲の再生に乗り出した。
2人はキャンプ地の室内練習場にこもり、ピッチングマシンを相手に打撃練習。新井さんは大粒の汗を流しながら、ひたすらバットを振っていた。しかし、猛練習が影響したのか、新井さんはキャンプ中に背中を痛めてしまう。水谷さんは「ちょっと振らせすぎたかの」と反省していた。ただ、結果的に新井さんは13年は140試合出場で打率・267、15本塁打、70打点とすべて前年を上回る数字を残した。
地方遠征でチームが練習休養の日だったと思う。チーム宿舎で取材していた私は、ロビーで水谷さんに声をかけられた。「ちょっと散歩に行かんか?」。そう誘われ、一緒にホテル周辺を雑談しながら歩いた。しばらくすると「この辺に喫煙所はないか?」と聞かれ、近くの喫煙ブースをネット検索し、案内した。
喫煙所でタバコに火をつけた水谷さん。1本吸い終わると、また1本、また1本と火をつけた。「何本吸うんだろう」と不思議に思っていると、「こういう場でしか、話せんこともあるじゃろ」と少し怒られた。普段から球場で野手陣について何度も取材に来た私を外に連れ出し、いつもは話しにくいようなことを聞けるよう、わざわざ1対1の機会を作ってくれていた。ハッと気づかされ、いろんな話を聞かせてもらった。
兵庫・西宮市内に水谷さんの娘さん夫婦が切り盛りする鶏料理のお店があると知り、食事に行ったことを水谷さんに伝えると、「うまかったか? そうか、そうか」と喜んでいた。いまでもあの笑顔が脳裏に浮かぶ。訃報を聞いた新井監督は「厳しい方だったけど、愛情のある方だった。自分はそのとき35、36歳だったけど、叱ってもらった。本気になってくれる。本気で叱ってくれるコーチでした」としのんだ。私自身も記者として、言葉では表せない大事なものを教えてもらった。水谷さん、ありがとうございました。心からご冥福をお祈りします。(西垣戸理大)