1994年10月8日の最終決戦。巨人が中日を破り、胴上げされる長嶋茂雄監督 また10月8日がやってくる。1994年のこの日、巨人と中日がレギュラーシーズン最終戦で優勝を懸けて戦った、いわゆる「10・8決戦」が行われたメモリアルデーだ。
あれからもう30年の月日が流れるわけだが、ちょっと前にある記者からこんなショックな話を聞いた。当時の巨人を率いた長嶋茂雄終身名誉監督が、チームを激励に訪れると、必ず「勝つ、勝つ、勝つ!」と声をかけるのが恒例だ。しかし「実はあれが10・8決戦のときに生まれたフレーズだと知らない若い選手がいるんです」というのだ。
1993年から巨人で2度目の指揮を執った長嶋監督は、浪人時代にさまざまなスポーツを視察。その中でスポーツ心理学の重要性を認識して、それをチームに取り入れていた。当時の野球界では画期的な試みで、米国の心理学の権威を招聘(しょうへい)し、選手のメンタル強化のためにカウンセリングを実施した。同時に長嶋監督自身は、ことあるごとに選手をプラス思考に持っていくための話術を駆使。その究極のフレーズが、「10・8決戦」で飛び出た〝勝つ三連発〟だったのである。
「あのときは一切の負のイメージを消し去ることが大事だった」
のちに長嶋監督からこんな話を聞いた。
「とにかく自分たちは勝つんだというイメージをどれだけ膨らませることができるか。そのための一つが、あのフレーズだったんです」
ナゴヤ球場出発前の宿舎でのミーティング。最後に長嶋監督の〝勝つ三連発〟がホテルの宴会場に響き渡ると、選手たちは異様なテンションとなってバスに乗り込んでいったという。
そして中日を撃破した巨人は、日本シリーズで宿敵・西武を破って日本一に返り咲いた。「ああいう試合で勝つのが巨人で、それが巨人の伝統なんです」と語っていた長嶋監督は、だからいまも選手たちに、〝勝つ三連発〟を必死に語りかけるのである。
あれから30年。月日とともに、「10・8決戦」の記憶は薄れ、巨人の伝統もかすんでしまうのか…。阿部巨人にとっては、それを取り戻すためのポストシーズンが、まもなく始まる。(スポーツジャーナリスト)
■鷲田康(わしだ・やすし) 1957(昭和32)年生まれ。埼玉県出身。慶大から81年に報知新聞社入社。巨人キャップとして長嶋監督誕生、松井秀喜入団などを取材。2003年にフリーとなりプロ野球、米大リーグなどの取材、執筆を行う。著書に『10・8 巨人vs.中日 史上最高の決戦』『長嶋茂雄 最後の日。1974.10.14』(いずれも文藝春秋)などがある。