1985年のリーグ優勝は10月16日に決定。神宮球場で吉田監督が胴上げされた 史上7校目の夏連覇か、107年ぶりの優勝か-。夏の甲子園はいよいよ決勝戦を残すのみとなった。仙台育英VS慶応。グレーを基調としたユニホームの両校が23日に最終決戦に臨む。
地方大会から取材してきたアマチュア野球担当記者にとっても、クライマックスとなるわけだが、わが大阪サンスポのアマ野球担当キャップはもう甲子園にいない。上阪正人は19日の準々決勝の前にひと足早く現場を離れていた。
上阪はプロ野球では中日も担当している。その中日は最下位に沈んでいるが、大島洋平が2000安打達成目前。16、17日の巨人戦で2日連続の2安打を放ち、記録達成まで一気に残り4安打にしたことで、会社から「おい上阪、神宮に行ってくれ」と、18日からのヤクルト戦への出張指令が出たわけだ。
アマ野球担当キャップとして甲子園大会途中での離脱はさぞ無念だったことだろう、と同情してみたが、当の本人はケロッとしていた。
「ベスト8を前に近畿勢は全滅していましたし、もう自分の出る幕はないと思っていましたよ。履正社や智弁学園が残っていれば気持ちは違っていたと思いますが、『あとは東京の記者に任せた』という感じでしたね」