2021.5.14 12:00

【ベテラン記者コラム(145)】デモと歩いて感じた五輪反対派の考え

【ベテラン記者コラム(145)】

デモと歩いて感じた五輪反対派の考え

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池江璃花子

池江璃花子【拡大】

 白血病との長い闘病ののちに東京五輪の出場権を獲得した競泳の池江璃花子(20)=ルネサンス=のSNSに、五輪辞退を求める意見が相次いで寄せられた。池江は「オリンピックがあってもなくても、決まったことは受け入れ、やるならもちろん全力で、ないなら次に向けて、頑張るだけ」と胸の内を明かした。

 この答えに、こうかみついた人がいた。

 「どこかで聞いたことがある言葉。学校や職場で『決まったことなんだから』と口をふさぐ、おなじみのフレーズです」

 9日の東京五輪の陸上テスト大会で、会場の国立競技場周辺で行われた五輪反対のデモ。その終了後の集会でのことだ。

 マイクを握ったこの人は、池江を知人の体育教員になぞらえた。入国管理法に詳しいと自負しているという教員は「(在日外国人が)そんなことをしていると強制送還される」など、「エッと思うようなことをおっしゃる」と紹介。「入管法をスポーツのルールと同じように受け止めている。池江選手の言葉と相通じる、ルールとして決まっているのだから受け入れて頑張っていく、そういう発想」と断じた。

 各種世論調査で東京五輪の今夏の開催に否定的な意見は6~8割。ほとんどはコロナ禍での感染拡大や医療崩壊を危惧したものだろう。だが反対運動をする人の多くは、五輪・パラリンピックの存在意義自体を否定し、それを訴える手段の一つとしてコロナ禍を使っている-。デモと一緒に歩き、「オリンピックいらない、(世界の)どこにもいらない」「オリンピック、廃止だ廃止」などというコールを聞いて、そう感じた。

 先の発言者は学校連携観戦にも批判の矛先を向けた。もちろんコロナ感染や熱中症など危険が伴う中で大勢の子供に観戦させることの是非は問われるべきだ。だが、それに加え「オリパラ教育で子供たちの心と体を絡め取るのは洗脳に他ならない」と主張していた。

 小学生の頃、授業中に担任の先生が札幌五輪のジャンプの中継を教室のテレビで見せてくれた場面を、今でも鮮明に覚えている。私がスポーツに関心を持つようになった原点の一つだ。同じ小学校時代、大相撲の地方巡業に学校から観戦に行ったのもいい思い出だ。あれは洗脳だったのか…。

 スポーツはルールやフェアプレーの大事さを教えてくれるものだと考える。入管法関連もルールを守った上で、チベットやウイグルなど人道上保護されるべき人たちに配慮すべきと思う。だが人権など自分たちが正しいと信じることのためにはルールを破ってもいいと考える人もいるようだ。

 別のデモ参加者は「奴隷たちが争って支配者が眺めているような、そういうのがオリンピックだと思います」と言った。それはローマの闘技場のイメージで、オリンピアとは全く違うのだが…。また別の人は「次のパリも、ロサンゼルスも」五輪中止を訴えるといったが、来年に迫った北京の名は出なかった。

 世の中にはいろんな考え方があると、“多様性”に触れた思いだった。(只木信昭)