2021.5.7 12:00

【ベテラン記者コラム(142)】19歳のバレー日本代表・高橋藍、東京五輪の経験を未来につなげ

【ベテラン記者コラム(142)】

19歳のバレー日本代表・高橋藍、東京五輪の経験を未来につなげ

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スパイクを放つ高橋藍

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 男女の中国代表を招いてバレーボールの国際親善試合が東京五輪会場の有明アリーナで行われ、男子は世界ランキング9位の日本が同27位の中国に2試合とも勝利を収めた。

 コロナ禍で昨年から国際試合が軒並み中止になっていたので、日本代表としては2019年のW杯以来、実に約1年半ぶりの国際試合だった。代表デビューとなった19歳のアウトサイドヒッター、高橋藍(日体大)は5月1日の第1戦(○3-2)では16得点、翌2日の第2戦(○3-1)でも19得点を挙げる活躍。しかも中学1年まではリベロだったため守備力も高く、サーブレシーブを任せられるのは大きい。東京五輪でどのようなプレーをするのか興味深い。

 と考えて、昔のことを思い出した。1996年のゴールデンウイーク、ギリシャのパトラスという港町にいた。バレーボール男子のアトランタ五輪行きをかけた世界最終予選の取材だった。日本は4月のアジア予選で韓国の後塵(こうじん)を拝して2位に終わり、世界最終予選に回っていたのだ。現日本代表監督の中垣内祐一がエースだったが、すでに満身創痍(そうい)。72年ミュンヘン五輪で金メダルを獲得した栄光の日本男子も落日のときを迎えていた。

 パトラスは首都アテネからバスで3時間くらいかかったか。大会の会場は小学校の体育館みたいな感じ。バレーボールといえば日本では代々木第一体育館や東京体育館などの大きな会場で、ジャニーズのアイドルグループも来場してキャーキャー、ニッポンチャチャチャの大声援があるのが当たり前だったので、その落差に愕然(がくぜん)としたものだ。中継したフジテレビのクルーを除くと、日本から来た記者は4人か5人くらいしかいなかった。

 それでもはるばる日本から20人ほどのファンが応援に駆けつけてくれていたが、1勝1敗で迎えた最終第3戦のポーランド戦で2セットを失った時点で、試合終了を待たずしてアトランタ行きは消滅した。1980年モスクワ五輪の最終予選で敗退して以来の屈辱。辻合真一郎監督や選手はもちろん、さすがに報道陣も口が重かった。せっかくギリシャの西側まで来たのだからと、他紙の記者と連れだってレンタカー(なんと旧東ドイツ製のトラバントだった)で聖地オリンピアまで行って願掛けしてきたのになぁ。

 日本男子が次に五輪に出場できたのは2008年北京五輪。1992年バルセロナ五輪から16年がたっていた。その北京以来、3大会ぶりに出場できる東京五輪。開催国枠で得られた貴重な機会を未来につなげてほしい。(牧慈)