2021.4.26 12:00

【ベテラン記者コラム(137)】小橋建太vs蝶野正洋、総合格闘技に勝ったハーフネルソン6連発

【ベテラン記者コラム(137)】

小橋建太vs蝶野正洋、総合格闘技に勝ったハーフネルソン6連発

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蝶野正洋(右)にハーフネルソンスープレックスを仕掛ける小橋建太

蝶野正洋(右)にハーフネルソンスープレックスを仕掛ける小橋建太【拡大】

 壮絶な幕切れだった。2003年5月2日に行われた新日本プロレス東京ドーム大会。敵地に乗り込んだプロレスリング・ノアのGHCヘビー級王者・小橋建太が鬼の形相で右腕に力を込めた。“現場監督”として新日本の看板を背負って出陣した挑戦者・蝶野正洋を引き起こし、ラリアットを首にたたき込んだ。

 その直前には相手の首と肩を後方から羽交い締めにして、後ろそり投げを見舞うハーフネルソンスープレックスを6発たたみかけた。非情な攻めに5万5000人がどよめく中、執念で立ち上がった蝶野の首に小橋の豪腕が炸裂。レフェリーの3カウントが鳴り響き、28分27秒の激闘に終止符が打たれた。

 2度目の防衛に成功し名実とも日本プロレス界の頂点に立った箱舟の鉄人は、「蝶野正洋の中の男というものを、しっかり見せてもらった」と汗をぬぐうと、若手に支えられた相手の手をガッチリ握り、熱い抱擁を交わした。新日本、ノアの2大メジャー団体の壁を越えた頂上対決だった。団体間交流が進み越境対決が頻発していた中、小橋vs蝶野は最強のドリームカード。絶対に負けられなかった。

 プロレスの威信をかけた舞台でもあった。大会名は「アルティメット・クラッシュ」。プロレスと総合格闘技の融合興行という闘魂マット史上初の試みで、プロレスの真価が問われた。4月26日の別府大会で左膝を負傷し、内側じん帯損傷で全治2~3週間と診断されていた蝶野は、「けがの恐怖は試合前にきっぱり断った」と言い切った。

 当時はK-1、PRIDEの全盛期。テレビ中継で高視聴率をたたき出し、試合会場は満員にふくれあがった。一方のプロレスは放送も深夜枠に追いやられ、観客動員でも苦戦が続いていた。記者にとっては、この一戦が初の東京ドームでのプロレス取材だった。鉄柵の外で小橋と蝶野の死闘を見守ったノアと新日本の選手が試合後、一斉にロープ越しに集結し、両雄をたたえる姿を目の当たりにした。相手の攻撃を体で受け止め、肉弾相撃つプロレスが総合格闘技に勝った証に映った。

 最強は誰か-。「きょう見に来てくれたファンのみんなが決めることだと思う」と小橋は胸を張った。死力を尽くした2人にドーム内からは惜しみない拍手が起こった。故力道山が日本にプロレスを広めてから50年の節目の年に、“受けの美学”を世に知らしめた。(江坂勇始)