2021.2.25 12:00

【ベテラン記者コラム(112)】“ブルドーザー”川淵さんは残念だったが‥思わず深読みしてしまう

【ベテラン記者コラム(112)】

“ブルドーザー”川淵さんは残念だったが‥思わず深読みしてしまう

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川淵三郎氏

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 テレビドラマの見過ぎで困ったことがある。推理、刑事ものは冒頭10分もすれば犯人が分かってしまう。この女優が端役のはずがない。いつも犯人役の俳優がまた出ている。配役で分かってしまう。あとは確認作業。で、やっぱり…となる。

 女性蔑視発言で東京五輪パラリンピック組織委員会会長を引責辞任した森喜朗氏の後任選びも似たようなものだった。五輪開幕まで5カ月という状況で、スピードも求められた一連の騒動の着地点。報道される候補者の顔ぶれを見て、菅首相の“推しメン”でもある橋本聖子氏しかいないと思っていた。

 トップ不在に終止符は打たれたが、後任として最初に名前が挙がった川淵三郎日本サッカー協会元会長は、個人的には“あり”だった。だが、頓挫した。そりゃそうだろう。ルール無視の禅譲のような後継者指名。根回しもない人事が世間にも、組織にも受け入れられるはずはなかった。

 川淵さんも“らしく”なかった。森氏は今月11日、周辺に辞意を伝えたが、川淵さんはその日、自宅に詰めかけた報道陣に後任指名を受諾したことを明かし、森氏を相談役に起用する意向まで示した。持ち前の旺盛なサービス精神がアダとなった。とうとうと話す姿をニュースで見て、「こんなにしゃべって大丈夫かいな」と思っていたが、案の定だった。

 Jリーグ創設前の1990年前後にサッカーを担当していた。サッカー界はプロ化を目指し、90年に「プロリーグ検討委員会」を立ち上げ、91年には「プロリーグ設立準備室」と組織した。その中心にいた一人が川淵さんだった。88年のJSL(日本サッカーリーグ)総務主事を振り出しに、検討委員会委員長、設立準備室室長、Jリーグの初代チェアマンとして改革の先頭に立ってきた。

 当時はサッカー界全体が熱く燃えていたわけではなかった。プロリーグ参加を表明していたチームですら多くは懐疑的で、強豪チームのある幹部は「2、3年で終わるよ。日本でサッカーのプロリーグなんて絶対に成功しない」と冷ややかに断言していた。

 一枚岩になれなかった組織には当然ながら敵もいた。そんな逆風を剛腕で吹き飛ばし、まとめ上げた。独善的な部分もあったが、Jリーグの繁栄は強烈なリーダーシップのたまものだろう。ブルドーザーのような人だった。

 だが、今回は切れ者の川淵さんではなかった。今回の騒動をドラマに例えるならば、最初の方に登場したちょい役か。ただ、84歳のご高齢になったとはいえ、そこまで下手を打つとはどうしても思えない。森氏にとっては太いパイプで結ばれた橋本氏へのバトンタッチ。その流れをつくるためのかき回し役だとすれば合点もいく。さすがにこれは深読みすぎるか。(臼杵孝志)