2021.2.18 12:00

【ベテラン記者コラム(109)】QBブレイディと相撲を取った元大関豪栄道の心残りと、「I,m a champion」

【ベテラン記者コラム(109)】

QBブレイディと相撲を取った元大関豪栄道の心残りと、「I,m a champion」

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パスを投げるバッカニアーズのQBトム・ブレイディ(ロイター) 

パスを投げるバッカニアーズのQBトム・ブレイディ(ロイター) 【拡大】

 NFL(米プロフットボール)王者を決めるスーパーボウルは、自身の史上最多記録を更新する7度目のスーパー制覇を果たし、5度目のスーパーボウルMVP(最優秀選手)に輝いた43歳、QBトム・ブレイディが存在感を際立たせた。

 20年間在籍したペイトリオッツで「王朝」といわれた時代を築きながら、ペ軍と決別。移籍1年目でバッカニアーズを頂点へ押し上げ、男を上げた。

 平成29年6月。ブレイディは大手スポーツメーカーのプロモーション活動によるアジアツアーの一環として2日間、日本に滞在した。スポーツクリニックなど多忙な時間を割いて「国技」といわれる大相撲に興味を示し、相撲部屋への訪問を希望した。

 ところが、7月の名古屋場所に備え、多くの部屋がすでに当地へ移動。東京都内で稽古を継続していた部屋はごくわずかだったが、東京・足立区の境川部屋が協力した。師匠の境川親方(元小結両国)の勧めもあって、靴下とTシャツを脱ぎ上半身裸となったブレイディは、大関豪栄道(当時、現武隈親方)の胸を借りてぶつかり稽古を体験。「ワンモア」と繰り返し、何度も体当たりした。

 豪栄道は「アメフットのルールもようわからんし、正直、ブレイディのことも名前くらいしか知らなかった。でも、当たってみて体幹の強さはわかったよ」。そして、その後の活躍を目や耳にするたびに「もっと話をして、写真もたくさん撮っておけばよかったかな…」。ブレイディと相撲を取った唯一の力士の“逃した魚”は大きかった。

 あまり知られていないが、ブレイディの来日はこのときが2度目だった。ブレイディはカリフォルニア州サンマテオ市出身で、少年時代は野球少年だった。父のトーマス・ブレイディさんが、元サンマテオ姉妹都市協会会長として姉妹都市の大阪・豊中市との交流に尽力し、平成2年のサンマテオ市少年野球訪問団32人の一員として豊中市チームと対戦するために来日。投手で四番打者だった。

 12歳だったブレイディは、豊中市チームのメンバーで同市在住のYさん一家にホームステイし、地元の盆踊りにも参加。当時を知る関係者によれば、テレビゲームに興じ、勝者になると「i,m a champion!」と叫んでいたという。Yさんのご家族は“大魚”を逃さなかった。ブレイディ少年の無垢(むく)な姿は、得難い宝物となっていることだろう。(奥村展也)