2020.12.24 12:00

【ベテラン記者コラム(86)】侍魂を抱いたサンタクロース 元関脇高見山の直言に耳を傾けよう

【ベテラン記者コラム(86)】

侍魂を抱いたサンタクロース 元関脇高見山の直言に耳を傾けよう

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 コロナ禍のなか、歳末の空気も例年とは趣を異にしている。24日はクリスマス・イブ。7年前の12月、日本相撲協会が催した企画を思い出す。

 その日、東京・墨田区の両国国技館に同区内の公立幼稚園に通う園児ら約700人を招き、「クリスマスお楽しみ会」が開かれた。力士らに加え、特別ゲストとして米ハワイ出身で元関脇高見山の渡辺大五郎氏(76)がキャップをかぶり、サンタクロースにふんして登場。子供たちにプレゼントを配り、記念写真に応じた。自前の白い口ひげや突き出た腹がイメージそのまま。まとわりつく子供や大きな体に驚いて泣きだす子もいた。

 その渡辺さんが2月、協会に設置された「大相撲の継承発展を考える有識者会議」の第5回会合に招かれ、国際化が進むなかでの大相撲の在り方についての議論に参加。力士や親方としての経験を伝えた。出席者によると、渡辺さんは「国際化を進めるうえでも、国技であることを忘れてはいけない」と訴え、股割りで苦労した思い出や侍の精神を尊重してきたことなどを語ったという。

 渡辺さんは小結だった昭和51年5月に母・リリアンさん(享年53)を亡くしたが、夏場所が始まる直前だったことから、葬儀には出席できなかった。まだ東関部屋の師匠(東関親方)だった渡辺さんと話し込んだとき、「苦しくても辛くても、さみしくても、サムライは精進するものでしょ」。故郷と亡くなった母への思いを寄せながら夏場所では15日間を全うし、8勝7敗で勝ち越した。

 初の外国人関取となったパイオニアのエピソードは枚挙にいとまがないが、振り返った土俵人生でこのときがもっとも切なかったという。ハワイのハイスクール時代、アメリカンフットボールの攻撃ラインの選手だったという渡辺さんとは、同じ競技経験者として話に熱も入った。「フットボールはゲーム中、何度もサイドラインから出られて交代もできる。でも、力士は土俵を出たら負け。おしまい。だから残る。残った、残った。この気持ち大事です」。

 有識者会議の会合後、渡辺さんは「(日本の習慣に)慣れるまで15年かかった。相撲は基礎が大事。いまの力士はけが多い。番数が足らない。(毎日)30、40番はやってほしい」と口にした。現役時代は192センチ、200キロ超の巨体ながら40歳直前まで土俵に立ち続け、幕内連続出場記録(1231)は現在も破られていない。

 ジングルベルにかえて鳴らす「国技」への警鐘。サンタクロースが発信するからこそ、その意味は重い。(奥村展也)