2020.12.7 12:00

【ベテラン記者コラム(79)】吉田沙保里も味わった?アゼルバイジャンの“悲劇”

【ベテラン記者コラム(79)】

吉田沙保里も味わった?アゼルバイジャンの“悲劇”

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金メダルを獲得しガッツポーズをする吉田沙保里(共同)

金メダルを獲得しガッツポーズをする吉田沙保里(共同)【拡大】

 「アゼルバイジャン」と聞いて、何かを思い浮かべられる日本人は少ないだろう。ロシア、イランなどと国境を接し、カスピ海に面する旧ソ連のこの国を訪れたことがある。2007年9月、首都バクーで行われたレスリング世界選手権を取材した。

 大会2日目、急激な腹痛に見舞われた。原因は前夜に食べたトルコ料理のケバブと思われる。試合会場とプレスセンターは徒歩数分かかり、報道陣用のトイレは男女それぞれ1つずつしかない。日本選手の試合を見届けたあと、必死の形相で駆け込んだ。

 ようやく治まり、取材に出かけようとしたがドアが開かない。強引に鍵をかけたことが失敗だった。中の異変に気づいたのか、外から訳の分からない言語が飛び交っている。とりあえず「HELP!」と叫んでみた。長い格闘の末、ドアが開くと、さまざまな国籍の人たちが笑顔で迎えてくれたが、記者の表情は引きつったままだった。

 霊長類最強女子も人ごとではなかった。あの吉田沙保里も現地入り後、体調を崩した。関係者は原因として(1)宿泊先のプールで泳いだこと(2)食事中にとった乳製品-の可能性を挙げた。腹を壊し試合2日前には体温が38・5度まで上がった。指導を受ける栄和人監督が作った「もち雑炊」で持ち直したものの、完調にはほど遠かった。

 アクシデントも襲いかかった。3回戦で相手に両手の指を絡めて折り曲げられる反則にあい、得意のタックルを返され第1ピリオドを落とした。ピリオドを落とすのは05年5月のワールドカップ(W杯)以来の異変。第2ピリオドを小差で取ると、第3ピリオドは残り7秒でポイントを奪って競り勝った。この後、2試合に勝って決勝に進んだが、目に涙を浮かべた。安堵感とふがいない自分への怒り。珍しく感情をあらわにした。

 休養を経て臨んだ決勝では息を吹き返し、得意の高速タックルが炸裂。女子では大会初の5連覇を達成した。「握手をしようと手を出したら投げられてしまった」(栄監督)。恩師を飛行機投げでマットにたたきつけ、会場の爆笑を誘った。

 アテネ五輪を含めて6年連続の世界一となった吉田は、「ホッとした。優勝すると本当に気持ちがいい」と胸をなで下ろした。後に五輪3連覇を飾った国民栄誉賞レスラーとは対照的に、記者は帰国後も体調が優れず、人生初の入院に追い込まれた。こんな経験をしてまで、オリンピアンとの違いを身をもって知りたくはなかった?!(江坂勇始)