2020.11.13 12:00

【ベテラン記者コラム(69)】ぶれない見方示した伊藤みどりさん、フィギュア史上の大事件で

【ベテラン記者コラム(69)】

ぶれない見方示した伊藤みどりさん、フィギュア史上の大事件で

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 米大統領選はバイデン氏側に不法行為があったとトランプ氏側が提訴、混迷は続きそうだ。そんな様子を見て、あの時も米国世論が沸騰していたな-と思いだした。

 1994年リレハンメル冬季五輪。フィギュアスケート女子米国代表のナンシー・ケリガンとトーニャ・ハーディングの間で“女の闘い”が起きていた。同五輪代表選考会の会場で1月6日、ケリガンが暴漢に襲われ、右膝を負傷する異常事態が発生した。フィギュア史に残る「ナンシー・ケリガン襲撃事件」だ。

 ハーディングの元夫らが実行犯と分かり、ハーディング自身にも疑いがかけられたが、選考会を制したハーディングは関与を否定。負傷で選考会を欠場したケリガンは特例で代表に選ばれた。

 91年に伊藤みどりに次ぐ女子史上2人目のトリプルアクセル成功者となったハーディングと、華やかな演技が評価されていた92年アルベールビル五輪銅メダリストのケリガン。金メダル候補2人の遺恨というプロレス的展開で、フィギュア会場の話題は一色だった。

 初の五輪取材だった私は開幕前のある日、テレビ解説者の伊藤みどりさんらと談笑しながら会場練習を見ていた。そんな時に外国記者が伊藤さんに質問してきた。どの国の記者か失念したが、話題は当然“女の闘い”だ。

 すでにハーディングの関与を元夫が認めたとの報道もあり、「ハーディングは悪玉」「ケリガンはかわいそうな被害者」という流れだった。数日後に話を聞いた米国の記者もハーディングが悪者という話しぶりだった。

 そんな中で伊藤さんは2人をどう評価するかと聞かれ、「ハーディングの方がスポーティング」と、より高く評価した。通訳をした私は「彼女らしい」と感じつつ、空気に流されない伊藤さんの見方に感心していた。

 その後はよく知られるとおり。ハーディングは演技中、スケート靴の不調を涙ながらに訴えてやり直しを認められたが、トリプルアクセルに失敗して8位。後に犯行に関与したことも認めた。

 銀メダルを獲得したケリガンは、優勝して表彰式でうれし涙を流すオクサナ・バイウル(ウクライナ)に心ない言葉をぶつけたことなどで人格を問われ、一気に嫌われる存在に転落した。禍福は糾える縄の如し、である。

 米大統領選でも報道の大半は一人の人間性を一方的に否定するものばかりで、それぞれの国際平和や経済への貢献を実績で示すものは少ないようだ。一面的なものの見方は慎むべきと、改めて感じている。(只木信昭)