2020.11.9 12:00

【ベテラン記者コラム(67)】安美錦「伊達直人の名前で…」兄の誕生日に放った珍言

【ベテラン記者コラム(67)】

安美錦「伊達直人の名前で…」兄の誕生日に放った珍言

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平成18年九州場所で、史上7組目の兄弟同時幕内を果たした新入幕の兄・安壮富士(左)と新三役の弟・安美錦

平成18年九州場所で、史上7組目の兄弟同時幕内を果たした新入幕の兄・安壮富士(左)と新三役の弟・安美錦【拡大】

 土俵際の粘りに加え、取組後のコメントでもファンを魅了した。昨年の大相撲名古屋場所で現役を引退した、元関脇安美錦の安治川親方だ。今年3月、NHKの人気番組「鶴瓶の家族に乾杯」に出演した際も落語家、笑福亭鶴瓶に引けを取らない軽妙なトークで、ぶっつけ本番旅を楽しんだ。

 記者が安美錦の珍言で思い出すのは、平成23年初場所9日目、鶴竜をはたき込みで破り、4勝目を挙げた一番だ。同場所初の連勝に、支度部屋では細い目をいっそう細めた。対照的に35歳を迎えた兄の安壮富士は、十両で武州山との青森県勢対決に敗れ、6敗目を喫した。誕生日プレゼントを問われると、「何で贈らなきゃいけないの? 負けたら駄目でしょ」と一蹴した後、一風変わった提案をした。

 「あいつ(安壮富士)にやるくらいなら、伊達直人の名前で(子供たちに)プレゼントする」

 当時、全国的な広がりを見せていた、児童養護施設などへ「伊達直人」名でランドセルなどを贈る、「タイガーマスク運動」に乗っかる姿勢をみせた。所属する伊勢ケ浜部屋は福祉活動に積極的で、安美錦も老人ホームの慰問に何度も訪れていた。冗談にも聞こえず、その絶妙さに思わず笑ってしまった。

 普段のひょうきんな様子とは打って変わり、40歳まで上がった土俵ではリスクを負い続けた。右膝前十字靱帯を断裂し、28年夏場所初日には左アキレス腱(けん)断裂の大けが。再び幕内で白星を挙げるまで9場所、553日を要した。

 休場翌場所を全休しても番付が降下しない公傷制度は16年初場所から撤廃された。安易に休場を繰り返す力士が相次いだため、当時の北の湖理事長(元横綱)が決断。制度撤廃から半年後の名古屋場所、安美錦は右膝の重傷で途中休場した。同理事長は「公傷廃止には後悔はない。ただ、安美錦にだけは申し訳なく思う。いい力士だが、いつまで取れるだろうか」と案じた。その心配は杞憂に終わった。それから15年。力士生命を脅かすけがと向き合い、基本に忠実なはずやおっつけ、出し投げの巧者は技能賞を6度獲得し、記憶にも記録にも残る名脇役となった。

 新型コロナウイルスの感染拡大で、東京・両国国技館で10月4日に予定されていた引退相撲は来年5月30日に延期となったが、「国技館に来てしまった人がいないか不安になり…来てしまった」ことを自身のブログで明かし、心優しい一面をのぞかせた。史上1位の関取在位117場所を誇る鉄人には、まげ姿がまだまだ様になる。(江坂勇始)