【ベテラン記者コラム(61)】
演技を終えガッツポーズする町田樹【拡大】
芸術家というより、求道者のような振る舞いだった。2013年10月、米デトロイトで行われたフィギュアスケートのグランプリ(GP)シリーズ第1戦「スケートアメリカ」を制したのは、ショートプログラム(SP)で米作家スタインベックの不朽の名作『エデンの東』を自分色に染めた町田樹だった。
2年越しの“封切り”だった。『エデンの東』は12-13シーズンから準備していたが、スケーター人生20周年を迎える勝負の年に温存。原作を熟読する一方、ジェームズ・ディーン主演の映画版はあえて鑑賞せず、“主演・町田樹”のイメージを作り上げた。SP2分50秒を完全燃焼。リンクに膝をつきポーズを決めると、右腕に思いきり力を込めた。
「ミスなく終えられてホッとしている。一つのアート作品として仕上げることに集中した」
ソチ五輪イヤーのテーマは『エデンの東』にも書かれているヘブライ語の『timshel(ティムシェル)』(汝、治むることをあたう)。この言葉を「運命は自分で切り開く」と拡大解釈した異色のスケーターはSP、フリーで計3度の4回転ジャンプを決め、大躍進を遂げた。
大会後、4回転誕生の“秘話”を明かしてくれた。それは何とも信じがたい、スピリチュアルな話だった。「高校2年のとき、メキシコのピラミッドの頂上でアルミみたいなものに触れたら完成した」。16歳だった06年9月、メキシコシティーで行われたジュニアGPで4位に終わり、感傷的な気分で観光に出かけた。本人の記憶通りならその場所は『太陽のピラミッド』と呼ばれるパワースポットで有名な世界遺産のテオティワカン。“御利益”は明らかだったようで、その後は練習で4回転を跳べるようになったという。