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【ネクストスター候補(23)】勅使河原弘晶、輪島会長に恩返しを“最強”トレーナーと新タッグ/BOX

【ネクストスター候補(23)】

勅使河原弘晶、輪島会長に恩返しを“最強”トレーナーと新タッグ/BOX

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恩師の名前を刻んだグローブで練習に励む勅使河原弘晶

恩師の名前を刻んだグローブで練習に励む勅使河原弘晶【拡大】

 プロボクシングの東洋太平洋スーパーバンタム級王者、勅使河原弘晶(30)=三迫=が8日、4度目の防衛戦(東京・後楽園ホール)で同級15位の河村真吾(30)=ミツキ=の挑戦を受ける。8月に三迫ジムへ移籍した勅使河原は加藤健太チーフトレーナー(34)とタッグを組み、さらに進化した姿を披露する。(取材構成・尾崎陽介)

 勅使河原は8月、大きな決断を下した。ボクシングを始めた19歳から所属した輪島功一スポーツジムを離れ、三迫ジムへの移籍を決めた。

 これまで「輪島ジム初の世界王者になる」と公言してきた。現在、世界ランクはIBFで3位(1、2位は空位)、WBCで7位。世界戦が目前まで迫っている中での決断だった。

 「輪島ジムからなりたいという気持ちはあったけど、より現実的に考えた。世界王者になることが一番大事。輪島会長が元気なうちにベルトを見せて、渡したい」

 元WBA、WBC世界スーパーウエルター級王者の輪島功一会長(77)は、とてつもなく大きな存在だ。物心つく前に両親が離婚。群馬・玉村町で父親と暮らしていたが、小学低学年のときに父親が再婚した。ほどなくして、義母から虐待を受けるようになる。食事は3日に1度ほどしか与えられない。暴力を受け、包丁を突き付けられることもあった。

 地獄のような生活は、小学4年時に父親が離婚するまで数年続いた。その後、「否定的な言葉をずっと浴びせられていたので、ひねくれて否定的な人間になっていた」と“非行”に走る。中学2年から不登校になり、暴走族に入った。16歳から19歳まではほぼ少年院で過ごした。だが、少年院の中で一冊の本に出合う。「炎の世界チャンピオン」。北海道で育ち、家出同然で上京して24歳でボクシングに出合い、世界王者にまで上り詰める輪島会長の波瀾万丈の人生をまとめた本だ。感銘を受けた勅使河原は「俺も世界王者になろう」と決めた。

 19歳で神奈川・小田原の少年院を出た後、群馬県の建設現場で半年間アルバイトをしてお金をためて上京。ジムの裏に家を借りて約1年半練習を積み、2011年7月に21歳でプロデビューした。

 そんな恩師の元を離れたのは、2019年度の最優秀トレーナー賞を受賞した三迫ジムの加藤チーフトレーナーの指導を受けたことが大きかった。勅使河原は6月から新型コロナウイルスの影響で練習時間などを厳しく制限していた輪島ジムではなく、輪島会長が現役時代に所属した三迫ジムで練習していた。

 「この人とだったら、このジムからだったら世界王者になれると思った」と勅使河原。「加藤さんがどれだけすごいトレーナーか、僕の試合を見てもらえばわかる」。“最強”トレーナーとの新タッグが、輪島会長への恩返しの近道となる。

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