2020.9.14 12:00

【ベテラン記者コラム(43)】川内優輝が見すえる81歳でのボストンマラソン

【ベテラン記者コラム(43)】

川内優輝が見すえる81歳でのボストンマラソン

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ボストンマラソンで優勝し喜ぶ川内優輝(AP)

ボストンマラソンで優勝し喜ぶ川内優輝(AP)【拡大】

 1897年から毎年開催されてきた伝統のボストンマラソンが、新型コロナウイルスの感染拡大により、史上初めて中止に追い込まれた。当初は4月20日から9月14日への延期が発表されたが、ボストンの市長が多くの人が参加することを懸念し、重い決断を下した。2018年に日本勢として瀬古利彦以来、31年ぶりの優勝を果たした川内優輝(あいおいニッセイ同和損保)の参戦もかなわなかった。

 数多くのレースに出場し実力を磨く川内ほど、コロナの影響を受けたランナーはいないだろう。型破りなマラソン人生を送ってきた。ロンドン五輪代表選考会を兼ねた2012年2月の東京で14位と撃沈。五輪切符を逃すと「けじめ」と称し、丸刈りとなった頭で当時の勤務先だった埼玉・春日部高へ出勤し、周囲の度肝を抜いた。

 14年9月には仁川アジア大会に向けたトレイルランの途中、東京・奥多摩の山中で道に迷い遭難しかけた。熊の襲撃におびえ、崖から転落しそうになりながら何とか帰り着き、命の大切さを痛感。アジア大会では銅メダルを獲得し、その経験を生かした。

 その後も国内外問わず走り続け、18年3月に「2時間20分以内における最多完走数」78回がギネス世界記録として認定された。19年4月に公務員からプロに転向し、すでにフルマラソンを100回以上完走した鉄人は今後、どこを目指そうとしているのか。

 設楽悠太(ホンダ)や大迫傑(ナイキ)が火をつけた、高速レースの波には完全に出遅れた。自己ベスト(2時間8分14秒)は約7年半、更新できていない。33歳という年齢も第一線で戦う肉体にのしかかる。

 ボストン優勝者は50年後の大会に招待される伝統がある。今年4月に92歳で死去した1953年大会覇者の山田敬蔵さんはボストンを2009年まで15年連続で走り、名物ランナーとなった。同年にマラソンからの引退を表明するまで、約340回のフルマラソンを走破した。

 山田さんの訃報に接した際、川内は「自分も先輩の遺志を継いで生涯走り続けたい」と決意を新たにしていた。昨春に実業団を退いた妻・侑子さんは、夫が競技の普及や地域活性化を目的に行うマラソンキャラバンに積極的に協力していくという。二人三脚でコロナ禍に立ち向かう。

 31歳でボストンを制した。50年後の81歳になっても、42・195キロを完走できる健康な体を維持したい。好きな言葉は「現状打破」。日本が誇るマラソン伝道師は、半世紀先もきっと、どこかを走っている。(江坂勇始)