2020.8.14 12:00

【ベテラン記者コラム(30)】牧歌的だった高橋尚子さんの“走り初め”取材

【ベテラン記者コラム(30)】

牧歌的だった高橋尚子さんの“走り初め”取材

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 新聞記者は時間が不規則とはいえ、やはり早起きはつらい。いちばん大変だったのは、女子マラソンの五輪金メダリスト、高橋尚子さんの“走り初め”取材だ。

 なにしろ、1月1日の午前6時集合。「元旦」とは元日の朝という意味だから、文字どおり元旦での取材である。しかも、取材場所は交通至便な都心ではない。Qちゃんの練習拠点だった千葉県佐倉市である。

 成田山新勝寺への初詣客のため電車も動いているとはいえ本数は少ないので、私は自家用車で行っていた。大みそかのテレビを見て、年越しそばを食べ、数時間だけ寝て、まだ真っ暗なうちに家を出て、眠い目をこすりながら運転しているうちに、高速道路上で初日の出を拝むのだ。

 「新年から早起きすると気分がいいだろう、ガハハ」という故小出義雄監督の声に出迎えられたのがなつかしい。アテネ五輪イヤーの2004年に初めて行われ、私は3年連続で取材に行った。Qちゃんは佐倉市の麻賀多神社で参拝して、約10キロ離れた成田市の宗吾霊堂までジョギングしてもう一度参拝。そして再び走って戻る。そこで新年の意気込みを語る、といった流れである。

 一年じゅう発行しているスポーツ新聞も1月2日付だけは休刊。したがって、元日に取材したQちゃんの記事も掲載されるのは1日遅れの1月3日付になる。それでも高橋尚子番の記者が年明け早々に千葉まで駆けつけたのは、当時スポーツ界屈指のスター選手だったからという理由だけではない。いつも高橋さんが「私のために取材に来ていただき、ありがとうございます」という姿勢だったからだ。記事が気にくわないと安易に取材拒否することなどなかったし、週刊誌に交際報道が載ったときも堂々と取材に応じていた。

 小出監督から独立した後の2006年の元旦は、「チームQ」が拠点とした千葉市緑区から近い長柄町での取材だった。ただし、集合時間は同じ。やはり寝起きで運転して駆けつけた。このときは取材が終わった後、Qちゃんたちが住んでいた家に招待してもらい、チームQ総出で用意してくれたおせち料理をごちそうになった。

 「あけましておめでとうございます。元日の朝にこんな遠い所まで足を運んでいただき、ありがとうございました」と、Qちゃんの音頭で乾杯。私は運転があるので遠慮したが、お酒も用意されていた。コロナ禍でリモートでしか取材できない今では考えられないような牧歌的な話ではある。(牧慈)