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【TOKYO2020カウントダウン】柔道・山下泰裕JOC会長の五輪道 モスクワの「挫折」乗り越えたから訪れたロスの「幸運」

【TOKYO2020カウントダウン】

柔道・山下泰裕JOC会長の五輪道 モスクワの「挫折」乗り越えたから訪れたロスの「幸運」

東京・新宿区のJOC事務局で取材に応じた山下会長。モスクワ五輪ボイコットと、ロス五輪金メダルを報じる当時の紙面を見ながら回顧した(撮影・塩浦孝明)

東京・新宿区のJOC事務局で取材に応じた山下会長。モスクワ五輪ボイコットと、ロス五輪金メダルを報じる当時の紙面を見ながら回顧した(撮影・塩浦孝明)【拡大】

 新型コロナウイルスの影響で東京五輪が延期されていなければ、24日は開幕日だった。元柔道男子日本代表で、日本オリンピック委員会(JOC)の山下泰裕会長(63)が23日までにサンケイスポーツのインタビューに応じ、来夏の東京五輪を目指す選手にエールを送った。1980年モスクワ五輪のボイコットを乗り越え、84年ロサンゼルス五輪の無差別級でけがに耐えながら金メダルに輝いた最強の柔道家は、信じ続ける大切さを説いた。(取材構成・石井文敏)

 2013年9月の東京五輪招致決定から7年。本来なら、24日は華やかな開会式で盛り上がるはずだった。だが、新型コロナウイルスの感染拡大で20年の開催は幻に。40年前のモスクワ五輪ボイコットで「幻の代表」を経験した山下会長が、アスリートを思いやった。

 「己を信じ、仲間を信じて、今自分のなすべきことに集中してほしい。私と同じ思いはさせたくない」

 挫折から4年後、1984年ロサンゼルス五輪柔道無差別級で金メダルを獲得し、英雄となった。不滅の203連勝を重ねるなど“世界の山下”と称された柔道家は時計の針を40年前に戻した。

 「人生の中でモスクワ五輪ボイコットは一番の挫折。柔道では一生懸命努力すれば、すべて結果としてつながってきた。だから人生観にも強い影響を与えました」

 日本のモスクワ五輪不参加が決定した80年5月24日の翌25日、山下会長は全日本選抜体重別選手権(福岡)に出場した。モスクワへの道が絶たれた中、左足を骨折し、福岡市内の病院に運ばれ、入院した。五輪不参加と全治3カ月の重傷でダブルショックだった。

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