2020.6.22 12:00

【ベテラン記者コラム(7)】桐生祥秀『9秒96』高校3年時に記した目標タイムがいま持つ意味

【ベテラン記者コラム(7)】

桐生祥秀『9秒96』高校3年時に記した目標タイムがいま持つ意味

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2013年4月の織田記念国際で10秒01をマークした桐生祥秀

2013年4月の織田記念国際で10秒01をマークした桐生祥秀【拡大】

 10秒足らずで一躍、時の人となった。2013年4月、エディオンスタジアム広島で行われた陸上の織田記念国際男子100メートル予選で、17歳だった京都・洛南高の桐生祥秀が、日本歴代2位となる10秒01の高校新記録をマーク。伊東浩司が持つ日本記録(10秒00)に100分の1秒まで迫り、世間に衝撃を与えた。

 その2日後、桐生は陸上部の部室の黒板に、新たな目標タイム『9秒96』を何気なく書き記した。「パッと思いつきで書いた。深く考えずに書いたら、それを超えることがよくあるので」。屈託のない笑顔が印象的だったことを思い出す。

 陸上担当だった4年間で、もっとも鮮明に覚えている桐生の走りは100メートルではない。15年5月の関東学生対校選手権400メートルリレー予選だった。東洋大は2走と3走の間でバトンミス。最後方に近い位置でバトンを受けたアンカーの桐生は、驚異的なスピードでホームストレートを疾走し土壇場で3着に滑り込み、チームを決勝へ導いた。この“爆走”を個人種目で再現できれば、9秒台突入の日は遠くないと思えた。

 記者の予感は外れ、100メートルの自己ベスト更新は4年以上を費やした。17年9月、日本選手で初めて10秒の壁を突破する9秒98で駆け抜け、長年の夢だった領域に足を踏み入れた。

 戦国時代、群雄割拠した琵琶湖のほとり(滋賀・彦根市)で育ち、祥秀の「秀」は戦国武将・豊臣秀吉から一字もらった男の“天下”は、長く続かなかった。19年6月に9秒97を樹立したサニブラウン・ハキーム(米フロリダ大)に自身の日本記録を塗り替えられると、同7月には日本人3人目の9秒台となる9秒98を出した同学年の小池祐貴(住友電工)に肩を並ばれた。

 洛南高3年時に短距離3冠を達成し、現在は日本生命所属の桐生は、新型コロナウイルスの影響で全国高校総体が中止されたことを受け、マラソン日本記録保持者の大迫傑(ナイキ)らと、陸上に取り組む高校生を支援するプロジェクトを発足させた。今後の支援方法を検討しているという。

 「ポジティブに考えていけば可能性が広がる」

 12日に大迫らとオンラインで討論会を行い、失意のスプリンターたちにエールを送った。高校最後の1年で飛躍を遂げ、この時期の重要性は身をもって知っている。7年前、意識せず書いた『9秒96』はくしくも、日本新に該当するタイムに変わった。青春の舞台をコロナ禍で奪われた若者たちに希望を与える数字を刻めれば、来年7月に延期となった東京五輪代表の座が見えてくる。(江坂勇始)