2020.6.8 12:00

【ベテラン記者コラム(1)】雪駄を踏みつけた瞬間、白鵬が浮かべた鬼の形相

【ベテラン記者コラム(1)】

雪駄を踏みつけた瞬間、白鵬が浮かべた鬼の形相

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白鵬
朝青龍(左)を寄り倒し、13勝目を挙げた白鵬だったが、横綱昇進は見送られた

朝青龍(左)を寄り倒し、13勝目を挙げた白鵬だったが、横綱昇進は見送られた【拡大】

 最短での綱の道は絶たれた。平成18年大相撲名古屋場所千秋楽、大関白鵬は前日14連勝で17度目の優勝を決めた横綱朝青龍を寄り倒して13勝目を挙げたが、優勝争いに絡めなかったことを理由に場所後の横綱昇進を見送られた。

 白鵬は新大関だった夏場所、14勝1敗で初の賜杯を抱いた。名古屋場所前、綱とりには13勝以上の優勝を目安としていた日本相撲協会の北の湖理事長(元横綱)は、「(取組前の時点で)朝青龍と星2つの差が大きかった。優勝も14日目で決まったことで厳しく取られても当然だった」。モンゴルの先輩横綱に勝った一番もV決定後の“消化試合”として割り引かれ、審判部にも厳しい意見が多かったという。

 打ち出し後、審判部が要請する横綱昇進を諮る理事会開催の“吉報”を待った白鵬に「昇進見送り」が届けられた。支度部屋では深く目を閉じ、報道陣の質問にも沈黙が流れた。取材をしていてこんなことは初めてだった。カメラのフラッシュを浴び、「またがんばります」と大きな息を吐き出して目を閉じた。

 もっと生の言葉が聞きたい-。残るチャンスは愛知県体育館の前で待つ迎えの車に乗り込むまでだ。支度部屋を引き揚げる白鵬に質問をぶつけようと真後ろにつけた。歩き始めた直後、雪駄のかかと部分を踏みつけてしまった。傷心の大関が前につんのめった。

 左右どちらの足を踏んだかは覚えていない。振り返った白鵬に思い切りにらみつけられた。まさに鬼の形相だった。思わず後ずさりし、「すいません」の言葉を出すのが精いっぱい。すでに綱を張る自信があったのかもしれない。普段は見せることのないいらだちは、大きなショックの受けた証拠だった。

 その後、20年夏場所で朝青龍と取組後、土俵上でにらみ合ったり、多くの批判を受けながらも立ち合いで相手にかち上げや張り手を多用するなど、勝利にあくなき執念を燃やす白鵬の姿を見るたびに、記者へ向けた怒りの表情を思い出す。

 昨年9月に日本国籍を取得し、史上最多44度の優勝を誇る大横綱は、東京五輪までは現役を続けると公言している。新型コロナウイルスの影響で、4年に1度のスポーツの祭典は来年7月に延期となった。父の故ムンフバト氏はレスリング選手として1964年東京五輪に出場した。1年後にコロナが収束し、“因縁”の名古屋場所を乗り越えれば、第一人者として現役で五輪を迎える悲願が成就する。(江坂勇始)