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【TOKYO OLYMPIC STORY】第16回 日本最初のメダリスト、テニス・熊谷一弥さん

【TOKYO OLYMPIC STORY】

第16回 日本最初のメダリスト、テニス・熊谷一弥さん

特集:
TOKYO OLYMPIC STORY
1916年頃に撮影された熊谷さんのサーブ。今でも手本になるような美しいテークバックだ(日本テニス協会提供)

1916年頃に撮影された熊谷さんのサーブ。今でも手本になるような美しいテークバックだ(日本テニス協会提供)【拡大】

 ノンフィクションライターの八木澤高明氏(47)による大型連載第16回のテーマは、日本最初の五輪メダリストである熊谷一弥(くまがい・いちや)さん。100年前の1920(大正9)年、アントワープ五輪のテニスで銀メダルを獲得した。日本発祥の軟式(ソフト)テニスから転向、駐在先の米国で腕を磨いた。東京五輪の新日程が来年7月23日開幕に決まる中、晩年を過ごした神奈川・鎌倉市に足を運んでプレー哲学などを探った。

 これまでの五輪で日本は439個のメダルを獲得している。その第1号がテニスの熊谷一弥さん(1968年没、享年77)。ちょうど100年前の1920年、ベルギーのアントワープ五輪でシングルスとダブルスの銀メダルを手にした。

 「熊谷さんは軟式から転向したのです。軟式のボールは軽いので、思いきりラケットを振り抜かないといけない。この軟式で培った振りの強さが硬式で生きたのです」とは日本テニス協会の坂井利郎常務理事(72)。当時の日本はテニスの新興国であり、熊谷さんの快進撃は世界を驚かせたという。

 諸説あるが、テニスが日本に伝わったのは明治時代初期。横浜の外国人居留地で初めてプレーされた。当時はボールが高価だったため、日本独特のゴムボールが開発され、国内では「軟式(現在はソフト)テニス」として広まった。

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  • アントワープ五輪の金メダル(秩父宮記念スポーツ博物館提供)
  • 鎌倉ローンテニス倶楽部に展示されている熊谷さんの木製ラケット
  • 熊谷(奥右)と柏尾の日本ペアは、男子ダブルス決勝で英国ペアに敗れた(日本テニス協会提供)
  • 日本テニス協会・坂井さん(撮影・八木澤高明氏)
  • 鎌倉ローンテニス倶楽部の金田さん(撮影・八木澤高明氏)