2020.3.26 14:49

小谷実可子JOC理事、〝幻の代表〟「作ってはいけない」

小谷実可子JOC理事、〝幻の代表〟「作ってはいけない」

特集:
東京五輪競技ニュース
取材に応じる小谷実可子氏=東京・品川区

取材に応じる小谷実可子氏=東京・品川区【拡大】

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で東京五輪の1年程度の延期が決まった。選手選考の在り方が議論される中、日本オリンピック委員会(JOC)理事で1988年ソウル五輪シンクロナイズドスイミング(現アーティスティックスイミング)ソロ、デュエット銅メダルの小谷実可子さん(53)が25日、既に内定している選手の代表資格の保全を訴えた。

 --東京五輪の延期が早々に決まった

 「(数日前の)バッハ会長も参加したIOCアスリート委員会の電話会議に私も参加した。世界各国の選手から『いつ決断してくれるのか、選考はどうなるのか』という不安が出ていた中、きのう方向性が見えた。私の周りのオリンピアンやスポーツ関係者は東京五輪をとても支持、期待しているし、感謝もしている」

 --既に内定している選手を含め選考の見直しの可能性がある

 「私の2020年東京五輪の解釈は、開催は2021年だけど、あくまでも『東京2020五輪』。実施が21年というだけで、20年の代表に選考された人がそのまま競技をするのは当然なことだと私は思う」

 --来年になれば選手の力関係に変化が起こるのでは

 「その日、行われる競技が自然災害などで伸びて行われることはある。ピーキングを試合に合わせてするのは当然のこと。日程がずれたことでいい人、悪い人がいるかもしれないが、試合に合わせるということに何ら変わりはない」

 --来年に延期となれば新たな選考基準を作る必要があると考える団体もある

 「五輪だって来年開幕することで憲章を変えなければならない。そこを柔軟に対応しているわけだから、従来の規約に縛られるのはナンセンス」

 --“幻の代表”が出る可能性も

 「作ってはいけない。JOCの会長が(モスクワ五輪でボイコットを経験した)山下さんであることも運命的。山下会長だからこそ、今の選手たちに自分と同じ思いをさせたくないというのもあると思う」

 --五輪レースが途中の競技もある

 「それまでのポイントを権利というか、アドバンテージとして残してあげるなど工夫してほしい」

 --延期ということで選手のモチベーション維持は難しい

 「私が選手のときは、毎日指を折って合宿の日にちが一日減ったと数えていたし、ギリギリで練習していたことを思い出すとやっと見えていた最終ゴールが遠くなったのはモチベーション的にも厳しいと思う。もちろんピークを今年の夏に合わせていた人にとっては延期がマイナスに働く面もあるが、このまま開催していたら、もし期間中に感染したら試合に出られるのかという不安があったと思う。ピークを作り直すことはみんな同じ条件。同じ条件を突き付けられているのだから、勝敗の価値は何ら変わらない」

 --今の選手にアドバイスを送るとしたら

 「苦しい、大変はみんないっしょ。2021年度の五輪は日本のものではなく、世界の人が協力して動きつつある五輪になる。東京五輪は五輪史に残る、他の五輪以上の大会になる。その特別な五輪に出られる選手なんだということを、選手は力に変えてほしい。ピンチは最大のチャンス。五輪に出た先輩としては、必死になっている日々は黄金の日々。一番人生が充実している。あんなに頑張ったときはないし、応援してもらったときもない。延期になったということをいかに前向きに捉えられるかが成功につながる」

 --延期されたことも踏まえてJOCの理事としてできること

 「到着した聖火を来年まで今の場所に灯し続けるのもいいが、長い時間、ルートをかけて開幕まで日本各地を聖火が回るのもいいかなと思う。オリンピックムーブメントを高める期間を通常より1年以上多くもらっている。世界中がコロナウイルスと戦っていて大変な状況のなか、一刻も早い収束を願うとともに、国内で収束していれば本来開会式が行われるはずだった7月24日に国立競技場でイベントを行うとか、競技を行うはずだった日に、本番と同じシチュエーションで競技をやってみるとか。日本の中で着々と準備しながら、オリンピックムーブメントを高める。そのアイデアは尽きない。さまざまな意味で、選手が安心してトレーニングができる環境を作ってあげることはもちろん、通常より長い期間になったオリンピック準備期間を、オリンピックムーブメント推進に結びつける。JOC理事としてできることがたくさんあると思う」

 小谷 実可子(こたに・みかこ) 1966(昭和41)年8月30日生まれ、53歳。東京都出身。1988年ソウル五輪シンクロナイズドスイミング(現アーティスティックスイミング)のソロ、デュエットで銅メダル。92年バルセロナ五輪後に引退。現在は日本オリンピック委員会(JOC)理事で、2020年東京五輪・パラリンピックの選手村副村長。日本オリンピアンズ協会理事。