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鳥内監督、晴れやか退任会見 関学大率い28年間…アメフト部は「自分の人生」

鳥内監督、晴れやか退任会見 関学大率い28年間…アメフト部は「自分の人生」

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関学大で退任会見を終えた鳥内監督。28年間の指揮官生活にピリオドを打った(撮影・宮沢宗士郎)

関学大で退任会見を終えた鳥内監督。28年間の指揮官生活にピリオドを打った(撮影・宮沢宗士郎)【拡大】

 関学大アメリカンフットボール部の鳥内秀晃監督(61)が8日、兵庫・西宮市の同大学で退任会見を開いた。1992年から指揮を執り、28年間でライスボウルで1度、甲子園ボウルで12度の優勝を成し遂げたチームを「自分の人生みたいなもの」と振り返り、充実感を漂わせた。

 学生王者として社会人王者の富士通に挑んだ3日のライスボウルから5日。退任会見に臨んだ鳥内監督は、穏やかな顔を浮かべた。

 「正直、ほっとしている。例年なら個人面談を始めている時期なので」

 1978年の関学大入学後、アメフト部に入部。以来、部とのかかわりは40年以上になり、「人生の3分の2。自分の人生みたいなもの」と語った。

 92年に監督就任。製麺業を営みながら、40歳で高校の教員免許も取得。勝つことが宿命づけられた青の軍団に、すべてを捧げてきた。当初は「上から目線でやりすぎた」といい、自主性を引き出す方針に変更。「人間教育が一番大事と思ってやってきた」。年明けから始まる部員全員との面談も、その一つ。3人の息子も、そんな父の下でアメフトに取り組み、卒業していった。

 常勝軍団へ育て上げる中、喜びも悲しみも苦しみも味わってきた。うれしかったことは「なかなか勝てなかったライスボウルでやっと勝てたとき」と2001年度に5度目の出場で社会人のアサヒ飲料を30-27で破り、アメフト日本一になった瞬間を挙げた。

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  • 晴れやかな表情で会見する鳥内監督。ファイターズは人生そのものだったという
  • 1992年、伊角前監督(左)からバトン
  • 01年度、ライスボウル制覇
  • 19年度、甲子園ボウル有終V
  • ヘルメットの模型を持ったまま会見場を後にする鳥内秀晃監督=兵庫県西宮市の関西学院大(撮影・宮沢宗士郎)