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元逆鉾の井筒親方が急死…早すぎる58歳、弟・寺尾と人気関脇

元逆鉾の井筒親方が急死…早すぎる58歳、弟・寺尾と人気関脇

昭和59年初場所、横綱隆の里を破った逆鉾。思わずガッツポーズが出た

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 大相撲の元関脇逆鉾(さかほこ)で、もろ差しの名人として知られた井筒親方(本名・福薗好昭=ふくぞの・よしあき)が死去したことが16日、関係者への取材で分かった。58歳だった。鹿児島県出身。最近は膵臓(すいぞう)を患っており、8月からは東京都内の病院に入院。日本相撲協会の巡業部副部長などを務めていたが、秋場所は初日から休場していた。

 現役時代は弟の元関脇寺尾、兄の元十両鶴嶺山とともに“井筒3兄弟”として知られ、得意のもろ差しで関脇を長く務めた井筒親方。引退後は親方としてモンゴル出身の横綱鶴竜らを育てた。この秋場所は体調不良を理由に休場していたが、58歳の若さで急逝した。

 井筒親方急死の報に、日本相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)は「残念だ。同じ時代に相撲を取ってきた。若過ぎる。理事会でも、モンゴル出身力士の育成をきちんとしなければいけないと発言されていた。鶴竜を横綱に育てられたことを含め功績は大きい」とのコメントを発表した。

 昭和53年初場所に「福薗」の名で初土俵。56年名古屋場所で2歳上の兄・鶴嶺山とともに十両に昇進した。一時幕下に転落するも再浮上し、57年九州場所で新入幕を果たした。

 父の先代井筒親方(元関脇鶴ケ嶺)譲りのもろ差しからの速攻で活躍。62年九州場所から平成元年春場所まで9場所連続関脇を務めた。1歳下の弟・寺尾も60年以降は幕内に定着。その後の若乃花・貴乃花の“若貴兄弟”に先立つ兄弟関取のパイオニアとして人気となった。平成元年春場所には史上初となる兄弟同時三役を果たした。

 軽々とバック転をこなすなど天性の運動神経と相撲センスに恵まれ、当時全盛期の横綱千代の富士らを苦しめた。大関候補と目された時期もあったが、幕内優勝はなく、関脇で10勝以上を挙げたこともなかった。金星は千代の富士や隆の里、双羽黒から計7個。殊勲賞を5回、技能賞を4回獲得した。

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  • 井筒親方の訃報が伝わった17日未明、井筒部屋前は静まり返っていた(撮影・尾崎修二)
  • 昭和59年5月、父の井筒親方を担ぎ上げる左から鶴嶺山、寺尾、逆鉾(いずれも当時)の“井筒3兄弟”
  • 今年7月、名古屋場所で優勝した鶴竜(中央)の姿に目を細める井筒親方(左)