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【サンスポ×日体大】山本博、老いに打ち勝ち狙う3元号メダル

【サンスポ×日体大】

山本博、老いに打ち勝ち狙う3元号メダル

特集:
サンスポ×日体大
撮影に応じる日体大・山本博教授=神奈川県横浜市(撮影・加藤圭祐)

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 2020年東京五輪開幕まで、20日で400日。出身大学別最多62人の夏季五輪メダリストを輩出している日体大とコラボレーションした長期連載の第16回は、アーチェリーの山本博(56)=スポーツマネジメント学部スポーツライフマネジメント学科教授=に迫る。1984(昭和59)年ロサンゼルス五輪で銅メダル、41歳で出場した2004(平成16)年アテネ五輪で銀メダルを獲得。“中年の星”は、令和2年の東京五輪で3元号での表彰台を目指し、老いと格闘する。(取材構成・角かずみ)

 浅黒い肌に真っ白な歯。56歳に見えない山本だが、老いとの闘いは壮絶を極める。

 「30歳くらいで引退すれば、何も(体に)障害は出ずに終われる。僕は(競技を)44年やってきちゃった。こういう障害と向き合いながらやらないといけない」

 実は、肉体はボロボロだ。朝には尿酸値、逆流性食道炎、手のしびれ、耳鳴りなどを抑制するため、7種類の薬を服用する。奥歯5本をインプラント治療。43歳でアスリートの生命線である目に異変を感じ、右目に老眼用のコンタクトレンズを入れる。首と腰のヘルニアで手足のしびれに悩まされ、3年前に右肩の棘上筋(きょくじょうきん)の断裂が判明し、手術した。それでも現役を貫く山本の支えは、誰もなしえていない3元号でのメダル獲得の夢だ。

 日体大3年の21歳で初出場した1984(昭和59)年ロサンゼルス五輪で銅メダル。「4年後のソウル五輪でメダルを狙っていた」。無欲で初めてのメダルを引き寄せた。大宮開成高の教師だった04(平成16)年アテネ五輪では銀メダル。「教え子たち、子供たちのために出た大会。僕に縁があってかかわっている子供に伝えたかった」。20年ぶりにメダルを手にした当時41歳の山本は、中年の星として日本中にフィーバーを巻き起こした。

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  • 撮影に応じる日体大・山本博教授=神奈川県横浜市(撮影・加藤圭祐)
  • 左からティアラ、レディ、ナナ。すべて犬種はミニチュアダックスフント。大好きなディズニーキャラの着せ替え服をまとって
  • 撮影に応じる日体大・山本博教授=神奈川県横浜市(撮影・加藤圭祐)
  • 山本博・五輪個人戦全成績