2019.5.22 05:02

“不死鳥F1レーサー”ニキ・ラウダさん逝く…76年レースで事故も6週間後“奇跡の復活”

“不死鳥F1レーサー”ニキ・ラウダさん逝く…76年レースで事故も6週間後“奇跡の復活”

大事故から6週間後、イタリアGPに現れたラウダ氏。顔はやけどの痕が生々しく、頭には包帯が巻かれていたが、4位入賞を果たした(AP)

大事故から6週間後、イタリアGPに現れたラウダ氏。顔はやけどの痕が生々しく、頭には包帯が巻かれていたが、4位入賞を果たした(AP)【拡大】

 自動車のF1シリーズで3度の世界王者に輝いたニキ・ラウダ氏が20日、死去した。遺族が声明で発表した。70歳だった。オーストリア出身。1976年にはレース中の事故で大やけどを負いながら6週間後に“奇跡の復活”を遂げ、不死鳥と呼ばれた。昨年8月に肺の移植手術を受け、一時は快方に向かったが、昨年末に重度の肺炎で再入院していた。

 ラウダ氏は1975年にフェラーリで自身初の王座を獲得。しかし、翌年の第10戦・西ドイツ・グランプリ(GP)でクラッシュした同氏に後続車が次々と激突。炎上した車から自力で出られず、死に直面した。

 ところが6週間後のイタリアGPに、やけどでケロイド状になった顔、頭には包帯という姿で現れ、4位に入賞。後に「恐怖心を消し去ってレースをできるようにするため、早めに出場することが最良と考えた」と語った。

 この年は終盤までタイトル争いをリード。だが大雨の中の最終戦・日本GP(富士)は危険だとして2周で自主的にリタイアし、ライバルのジェームス・ハント(英国)に王座を奪われた。この経緯は2013年の映画「ラッシュ/プライドと友情」で描かれた。

 77年もフェラーリで、1度目の引退から復帰後の84年にはマクラーレンで王座を獲得するなど25勝を挙げ、85年に引退した。ラウダ航空を設立するなど実業家としても手腕を振るい、近年はフェラーリF1のアドバイザー、メルセデスベンツの非常勤取締役などを歴任した。

  • 1977年の西ドイツGPで、ライバルのハント(後方)とデッドヒートを繰り広げるラウダ氏(AP)