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有森裕子さん、小出さん訃報に涙「監督と出会えてラッキーだった」/マラソン

有森裕子さん、小出さん訃報に涙「監督と出会えてラッキーだった」/マラソン

小出さんとの思い出を語る有森さん。時折、声を詰まらせた

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 陸上女子長距離界の名伯楽として知られ、24日に80歳で亡くなった小出義雄さん。豪放磊落(らいらく)な性格と、選手個々に合わせた緻密な指導方法で、教え子たちに愛されていた。訃報を受け、1992年バルセロナ、96年アトランタ両五輪マラソン2大会連続メダルの有森裕子さん(52)や、2003年世界選手権パリ大会マラソン銅メダルの千葉真子さん(42)ら教え子が感謝や哀悼の意を表した。

 教え子の“長女”にあたる有森さんは東京都内で取材に応じ、涙ぐみながら恩師との思い出を振り返った。

 「(思い出は)山ほどありすぎて…。全然走れない私に困り果てた姿、練習メニューを一生懸命考えてくれた姿…。けんかもしょっちゅうしました。手のかかる選手に困っていた監督の顔がよく浮かびます」

 日体大まで無名だった有森さんは、リクルートで指導していた小出さんの元に押しかけて弟子入り。「あまりにも足が遅かったが、諦めない精神は買ってくれた。『タイムはいいから、出すメニューは一日かけてもこなせ』と、性格に合わせた練習メニューの出し方、伝え方をしてくれた」

 けがが多かった有森さんは故障して落ち込んだとき、監督の言葉に救われたとも。「『物事に意味がないものはない。どんなことが起きても、せっかく(故障したのだから)と(プラスに)思え』といわれて故障に立ち向かえた。監督からの一番の言葉だった」と感極まった。

 最も印象深いのは1996年アトランタ五輪直前。米コロラド州ボルダーでの高地合宿最後の練習で5000メートル2本を走って調子が上がらない中、「どんなにタイムが落ちてもいいから、五輪で頑張るためにも、あと1本いこう」といわれた。「劇的にタイムは落ちましたけど、3本こなして『すごい、できた』といってくれて」。練習での自信が2大会連続メダルに結実した。

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  • アトランタ五輪の試走を終えた有森さん(左)を見守る小出さん
  • アトランタ五輪女子マラソン銅メダルの有森さんがパンツに入れていた人形を披露する小出さん。そっくりの人形に笑顔だった
  • 小出義雄さんが指導した主な女子選手