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【平成の真実(29)】平成2年2月11日「マイク・タイソン、東京ドームで初黒星」

【平成の真実(29)】

平成2年2月11日「マイク・タイソン、東京ドームで初黒星」

特集:
平成の真実
ダグラス(右)のパンチを食らうタイソン。「野獣」が東京ドームでプロ初の敗戦、それもKO負けという大波乱が起きた

ダグラス(右)のパンチを食らうタイソン。「野獣」が東京ドームでプロ初の敗戦、それもKO負けという大波乱が起きた【拡大】

 東京ドームは異様な熱気に包まれていた。日本中がバブル景気に浮かれていた平成2(1990)年2月11日。プロボクシングWBA、WBC、IBF世界ヘビー級王者マイク・タイソン(米国)が、ジェームス・ダグラス(米国)に10回KO負けを喫した。最も重い階級で初めて3団体統一王座に君臨した23歳の最強王者が、まさかの陥落。ボクシング史で最大級のアップセット(大波乱)と表される一戦を間近で見た関係者が当時を振り返る。(取材構成・伊藤隆)

 その朝、東京は季節外れの暖かさだった。未明に最低6度を記録した気温は急激に上昇し、正午には16度に達した。5万1600人を飲み込んだ東京ドームは、天候以上の熱気に包まれていた。

 全世界が注目するビッグイベント。大観衆の関心は2年ぶりに来日した37戦全勝、33KO勝ちと最強を誇った23歳のタイソンが、29歳の挑戦者ダグラスを何ラウンドでリングに沈めるかの一点だった。

 「ラスベガスのオッズは42対1で、賭けが成立しないほどタイソンが有利と見られていた。だけど、あの日だけは違う予感があった」

 ボクシング専門誌の記者となって10年目を迎えていた宮崎正博(63)は、蓄積した知識、取材で得た情報、持ち前の嗅覚から世間の見方に対して否定的だった。

 「おおらかな時代だったので、メディア仲間と内輪でタイソンが何ラウンドに倒すか賭けをした。ダグラスに賭けたのは自分だけ。今では許されることじゃないけど」

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  • 統一世界ヘビー級タイトルマッチの前座試合に抜擢された辰吉丈一郎(右)
  • タイソンがダグラスに敗れた世界戦のパンフレット
  • タイソンとともに写真に納まる秋山氏(右)
  • ダグラス-タイソン採点表