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【平成の真実(14)】平成16年3月22日、ハルウララ106連敗

【平成の真実(14)】

平成16年3月22日、ハルウララ106連敗

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平成の真実
雨上がりの馬場で泥だらけになりながら、武豊騎手は予定外の“ウイニングラン”でファンを喜ばせた

雨上がりの馬場で泥だらけになりながら、武豊騎手は予定外の“ウイニングラン”でファンを喜ばせた【拡大】

 平成の時代に、1頭の競走馬が大ブームを巻き起こした。弱いことで注目された牝馬は高知県競馬所属のハルウララ。デビューから敗戦を繰り返しながらも、ひたむきに走り続ける姿が、日本人の心に響いたのだ。平成16年3月22日、106戦目に騎乗したのは日本が誇る名手、武豊。高知競馬場が沸いた1日を、調教師の宗石大(67)が振り返った。 (取材構成・下村静史)

 ついに訪れた日は、朝から雨模様だった。ハルウララの調教師、宗石は「この天候では、思ったほど、人は来ないのかもしれないな」と思いながら、空を見つめた。

 だが、高知競馬場はすでに騒然としていた。広報を担当し、1週間前から泊まり込んでいた高知県競馬組合の吉田昌史(52)は、午前4時にたたき起こされた。「たくさんの車が並んでいたので、担当の課長補佐が駐車場を開けに行きました。私は入場門前の長蛇の列の整理に追われました」と振り返る。高知県警からは「危ないので早く開門を」との指示が飛ぶ。開門は当初の予定から約40分繰り上げた。

 ハルウララが出走するレースは午後4時35分。場内は人であふれ危険が増したため、1時半には入場門を閉め、パブリックビューイングを行っていた約3キロ離れた春野総合運動公園に誘導した。これまでの最多記録だった約9000人を大幅に上回る1万3000人を動員。高知県競馬組合の松本太一(48)は「人が次々と入場し、当時の入場ゲートでは正確な数は計測できなかったんです。もっと多かったはず」と言う。

 その光景を目の当たりにした宗石は、無事に武豊へとバトンタッチした安堵(あんど)感に浸っていた。

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  • ハルウララの宗石調教師