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【平成の真実(5)】平成4年7月31日、古賀稔彦バルセロナ五輪「金」

【平成の真実(5)】

平成4年7月31日、古賀稔彦バルセロナ五輪「金」

特集:
平成の真実
1992年バルセロナ五輪・古賀稔彦の試合内容

1992年バルセロナ五輪・古賀稔彦の試合内容【拡大】

★バルセロナ五輪の柔道日本勢

 女子が初めて正式種目となり、7月27日に重量級からスタート。初日の男子95キロ超級で、前年の世界選手権無差別級覇者の小川直也が銀メダルに終わった。翌日の女子72キロ級でも田辺陽子が銀。男子86キロ級で世界王者の岡田弘隆も銅メダルと、日本は苦しい状況に。だが78キロ級の吉田、71キロ級の古賀が連日の金メダルで面目を保った。最終日の女子48キロ級で五輪初出場の田村亮子が銀メダルを獲得した。

★吉田氏の提言

 新たな時代へ向け、吉田氏は柔道に「伝統を受け継ぎながら、もっともっとメジャーなスポーツになってほしい」と期待する。少子化が進む中、日本発祥の五輪競技でも子供の競技人口減少は悩みの種。「近くに道場があるとか身近にきっかけがあるのが大事だが、その道場が減ってきている。指導者が生活していけるシステムを作らないと」と指摘した。

バルセロナ五輪

 1992年7月25日~8月9日、スペイン・バルセロナで開催。冷戦終結後初の夏季五輪で、旧ソ連が統一チーム・EUNとして参加。またプロ選手の出場が本格的に認められ、バスケットボール男子で米国がマイケル・ジョーダンやマジック・ジョンソンらの“ドリームチーム”で参加、圧倒的な力で優勝して注目された。競泳女子200メートル平泳ぎで14歳の岩崎恭子が当時の五輪新記録で優勝。「今まで生きてきた中で一番幸せ」と語り、時の人に。またマラソン女子では有森裕子が、陸上では28年アムステルダム大会の人見絹枝以来となる銀メダルを獲得した。

  • 左膝にアイシングをしながら、神妙な表情の古賀(手前)。憧れの先輩がけがに見舞われ、吉田(奥)の頭は真っ白になった
  • 吉田(中央)は金メダルを手にしたが、古賀先輩のけがの具合が気になり心の底から喜べなかった
  • 1992年バルセロナ五輪・柔道日本代表の成績
  • 古賀と吉田の比較