2018.11.27 10:00(3/4ページ)

【平成の真実(5)】平成4年7月31日、古賀稔彦バルセロナ五輪「金」

【平成の真実(5)】

平成4年7月31日、古賀稔彦バルセロナ五輪「金」

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平成の真実
1992年バルセロナ五輪・柔道日本代表の成績

1992年バルセロナ五輪・柔道日本代表の成績【拡大】

 「先輩が『大丈夫だ』といってくれて、やっと練習に集中できた」

 ヌーディストビーチで英気を養ったのは、その後だった。

 同30日、78キロ級で先に本番を迎えた吉田はオール一本勝ちで優勝。この大会、日本柔道初の金メダルだったが「心底喜べなかった。『次は古賀先輩だ。大丈夫かな』と心配が心にあった」。

 翌31日-。勝利を示す赤旗が2本挙がると、古賀は仁王立ちで雄たけびを上げた。吉田の試合を選手村でテレビ観戦し、「俺は明日、あの会場で金メダルを取る」と誓いを新たにしていた。けがで出場も危ぶまれた古賀もまた、71キロ級で奇跡の金メダルを手にした。痛む脚を踏みしめつつ畳から降りた古賀は、帯同していた吉田と抱き合い、2人で男泣きした。

 「ピンチが準備してきたことすべてを出すきっかけをくれた。ピンチは最大のチャンスなんだと思った」。平成の三四郎は、26年前の絆を今でも鮮明に覚えている。 =敬称略

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  • 左膝にアイシングをしながら、神妙な表情の古賀(手前)。憧れの先輩がけがに見舞われ、吉田(奥)の頭は真っ白になった
  • 吉田(中央)は金メダルを手にしたが、古賀先輩のけがの具合が気になり心の底から喜べなかった
  • 1992年バルセロナ五輪・古賀稔彦の試合内容
  • 古賀と吉田の比較