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【平成の真実(5)】平成4年7月31日、古賀稔彦バルセロナ五輪「金」

【平成の真実(5)】

平成4年7月31日、古賀稔彦バルセロナ五輪「金」

特集:
平成の真実
左膝にアイシングをしながら、神妙な表情の古賀(手前)。憧れの先輩がけがに見舞われ、吉田(奥)の頭は真っ白になった

左膝にアイシングをしながら、神妙な表情の古賀(手前)。憧れの先輩がけがに見舞われ、吉田(奥)の頭は真っ白になった【拡大】

 平成を象徴する名場面から真実を発掘する大型連載の第5回は、平成4(1992)年7月31日、バルセロナ五輪柔道男子71キロ級で“平成の三四郎”古賀稔彦氏(51)=環太平洋大教授=が、左膝靱帯(じんたい)損傷を乗り越えてつかんだ金メダルを特集する。負傷時に乱取りの相手を務めた後輩で78キロ級の吉田秀彦氏(49)=パーク24総監督=は、自身以上に古賀氏の優勝を喜んだ。2つの金メダルは、絆の証しだった。(取材構成・只木信昭、石井文敏)

 五輪本番まで残り数日。22歳の吉田が、2歳年上の古賀を選手村宿舎から強引に誘い出した。

 「先輩はずっと体を動かしていないから、砂浜なら歩けるだろうと。気分転換のために」

 吉田によると、自転車の後ろに古賀を乗せて向かったのは選手村内の浜辺。着いてみるとそこはヌーディストビーチだった。言葉通り、これ以上ない気分転換の雰囲気。もやもやとしていた2人の気持ちは、霧が晴れるようだった。古賀はチームドクターともばったり遭遇。「たまたまだったみたい。ドクターも“目の保養”だったのかな」と吉田は笑う。7月20日の悪夢は、完全に払拭された。

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  • 吉田(中央)は金メダルを手にしたが、古賀先輩のけがの具合が気になり心の底から喜べなかった
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