2018.10.25 05:01

真木和さん、乳がんで49歳死去…女子マラソン・アトランタ五輪代表

真木和さん、乳がんで49歳死去…女子マラソン・アトランタ五輪代表

1996年3月、名古屋国際女子マラソンで優勝し、スタンドに手を振る真木和さん

1996年3月、名古屋国際女子マラソンで優勝し、スタンドに手を振る真木和さん【拡大】

 陸上の女子1万メートルの元日本記録保持者で、1996年アトランタ五輪女子マラソン代表の真木和(まき・いずみ=現姓山岡=やまおか)さんが乳がんのため、18日に大阪・箕面市の自宅で死去していたことが24日、分かった。49歳だった。葬儀・告別式は21日に近親者で済ませた。

 1990年代の陸上の女子長距離界をけん引した真木さんが亡くなった。まだ49歳の若さだった。真木さんは18日に夫の山岡重行さん(52)らに看取られて死去。重行さんによると、眠るような安らかな最期だったという。

 98年に現役を引退した真木さんは2002年9月に関西テレビに勤務する重行さんと結婚。長男も出産し1児の母となった。その後、04年末に乳がんが発覚したが、抗がん剤治療などで体調は好転していた。

 今年に入って体調を崩して入院。闘病生活が続き、退院後に自宅で亡くなった。重行さんは「本人は何も言わなかったが、家に帰りたがっていたと思う」と話し、近親者による21日の告別式も自宅で営まれた。

 真木さんは愛媛・今治北高からワコール入り。92年に1万メートルの日本記録(31分40秒38)を樹立し、同年のバルセロナ五輪では決勝に進んで12位。その後マラソンに転向し、初挑戦の96年名古屋国際女子を2時間27分32秒で制し、浅利純子、有森裕子とともに代表に選ばれたアトランタ五輪は12位だった。

 脚の故障の影響で98年に現役引退。アトランタ五輪が最後のマラソンとなった。

1984年ロサンゼルス五輪代表で解説者の増田明美さん「フォームが誰よりも美しい選手だった。ボーイッシュでかわいくて、大きな目でしっかり前を見て走る姿がすごく印象に残っている。早すぎるお別れが残念でならない」