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輪島さん同世代ライバルが惜別…元横綱三重ノ海・石山五郎氏、生き様が「番外だった」

輪島さん同世代ライバルが惜別…元横綱三重ノ海・石山五郎氏、生き様が「番外だった」

昭和48年5月の夏場所で三重ノ海を下した輪島(左)。たたき上げと大卒の違いはあったが同学年として、しのぎを削った

昭和48年5月の夏場所で三重ノ海を下した輪島(左)。たたき上げと大卒の違いはあったが同学年として、しのぎを削った【拡大】

 大相撲の第54代横綱輪島で、史上7位となる14度の幕内優勝を果たした輪島大士(わじま・ひろし)さん=本名・輪島博=が下咽頭(いんとう)がんと肺がんの影響による衰弱で、8日午後8時に東京・世田谷区の自宅で死去したことが9日、遺族への取材で分かった。70歳だった。

 亡くなった輪島さんと同世代で、ともに綱を張った元横綱三重ノ海の石山五郎氏(70)は「ニュースで(訃報を)知ってびっくりした」。同氏は両国国技館内にある相撲博物館の館長を務めており、9日も出勤していた。

 輪島さんと最後に会ったのは2年前。名古屋場所で当地を訪れた際、ホテルのロビーで偶然、顔を合わせたという。声を失った輪島さんと会話はできなかったが「こちらから一方的に『今度、食事にでもいこう』と。普通に歩いていたし、元気だったのに」。

 輪島さんとは同じ昭和23(1948)年生まれ。たたき上げと大卒の違いで、初土俵は同館長が6年半早いものの横綱昇進は輪島さんが約6年早い。輪島さんは地方場所では高級ホテルに宿泊。相撲の稽古にはなかったランニングを取り入れるなど「われわれが教わった相撲界では、考え方も含めて番外だった。考えられなかった。また、それがうらやましかったな」。伝統の枠に収まらない行動を「番外」と表現した。

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  • 昭和51年1月、三重ノ海の大関昇進披露宴で鏡開きをする(右から)輪島、北の湖、三重ノ海、貴ノ花
  • 平成28年2月、豊響の結婚披露宴に出席した輪島さんは筆談で取材に応じた。前年11月に急逝したかつてのライバルで日本相撲協会の北の湖理事長(当時)について「ほんとうにびっくりしました」などと直筆で記した
  • 平成28年2月、豊響の結婚披露宴に出席した輪島さんは筆談で取材に応じた。前年11月に急逝したかつてのライバルで日本相撲協会の北の湖理事長(当時)について「ほんとうにびっくりしました」などと直筆で記した
  • 1977年7月、北の湖を破り3度目の全勝優勝を決めた輪島=愛知県体育館
  • 1972年5月、初優勝を飾り、パレードで手を振る関脇輪島=蔵前国技館
  • 1973年9月、輪島が富士桜を下し、横綱で初優勝を飾る=蔵前国技館
  • 1980年11月、大相撲九州場所で優勝し、賜杯を手にする横綱輪島
  • 1986年12月、リング上でファンの声援に応える全日本プロレスの輪島大士さん。右はジャイアント馬場さん=日本武道館
  • 1979年1月、大相撲初場所で土俵入りする横綱輪島=蔵前国技館
  • 1976年5月、横綱北の湖(右)と握手を交わす横綱輪島=蔵前国技館
  • 横綱輪島の年表
  • 輪島場所別成績