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大鵬、北の湖、千代の富士…歴代横綱が相次いで逝去

大鵬、北の湖、千代の富士…歴代横綱が相次いで逝去

1977年7月、北の湖を破り3度目の全勝優勝を決めた輪島=愛知県体育館

1977年7月、北の湖を破り3度目の全勝優勝を決めた輪島=愛知県体育館【拡大】

 大相撲の第54代横綱輪島で、史上7位となる14度の幕内優勝を果たした輪島大士(わじま・ひろし)さん=本名・輪島博=が下咽頭(いんとう)がんと肺がんの影響による衰弱で、8日午後8時に東京・世田谷区の自宅で死去したことが9日、遺族への取材で分かった。70歳だった。「黄金の左」と呼ばれた左差しの攻めを得意とし、大関初代貴ノ花と相撲人気を二分。ライバルの横綱北の湖(いずれも故人)とともに、昭和40~50年代に“輪湖(りんこ)時代”を築いた昭和の名横綱が、平成最後の秋に旅立った。

 近年は大相撲史に残る歴代横綱たちが、相次いで天国へと旅立っている。「平成の大横綱」だった元貴乃花親方(46)の退職に揺れる相撲界は、寂しさに襲われた。

 5年前には史上1位(当時、現在は2位)の優勝32度を記録した大鵬が72歳で逝去。全盛期は「巨人、大鵬、卵焼き」と称されるほどの国民的人気を誇り、現役引退後は一代年寄として圧倒的な威厳を保ち続けた。

 平成27年には史上5位の優勝24度を誇る北の湖が急逝。現職の日本相撲協会理事長だった九州場所中の訃報は衝撃を与えた。輪島さんは当時、好敵手の死を受け「先に逝かれて寂しい。俺はもう少し頑張る」などと文書でコメントした。

 28年には小兵ながら史上3位の優勝31度で「小さな大横綱」、精悍(せいかん)な顔つきと気迫で「ウルフ」と呼ばれた千代の富士が力尽きた。北の湖は62歳、千代の富士は61歳。ともに還暦土俵入りを務めた後だった。

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  • 1972年5月、初優勝を飾り、パレードで手を振る関脇輪島=蔵前国技館
  • 1973年9月、輪島が富士桜を下し、横綱で初優勝を飾る=蔵前国技館
  • 1980年11月、大相撲九州場所で優勝し、賜杯を手にする横綱輪島
  • 1986年12月、リング上でファンの声援に応える全日本プロレスの輪島大士さん。右はジャイアント馬場さん=日本武道館
  • 1979年1月、大相撲初場所で土俵入りする横綱輪島=蔵前国技館
  • 1976年5月、横綱北の湖(右)と握手を交わす横綱輪島=蔵前国技館
  • 平成22年以降に死去した歴代横綱