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【五輪を語る 産経新聞特別記者・佐野慎輔】不祥事続き…いまだに最低限の話がでてくることが情けない

【五輪を語る 産経新聞特別記者・佐野慎輔】

不祥事続き…いまだに最低限の話がでてくることが情けない

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五輪を語る 産経新聞特別記者・佐野慎輔
20日に開かれた記者会見。永吉(手前)らは謝罪し、頭を下げた

20日に開かれた記者会見。永吉(手前)らは謝罪し、頭を下げた【拡大】

 世界からの目が注がれるなか、日本のスポーツ界はいかに身を処していくのか。

 日本がオリンピックに初参加した1912年ストックホルム大会。団長を務めた嘉納治五郎は終了をまたずに現地を離れて、ヨーロッパを歴訪。スポーツ先進国からスポーツの姿を学んだ。

 その旅の最後、パリに国際オリンピック委員会(IOC)会長のピエール・ド・クーベルタンを訪ね、ふたりでボクシングとフェンシングの試合を観戦している。

 両競技とも、ルールがなければ命をかけた私闘になりかねない。決まりごとをつくってスポーツとなり、クーベルタンはオリンピック競技に取り入れた。その教育的価値を説くクーベルタンに、柔術をもとに近代的な柔道を創りあげた嘉納が共感する。教育者でもあるふたりは、スポーツと教育の効用で意気投合した。

 あれから100年以上の時が流れる。いまだにルールや決まり事を守れという最低限の話がでてくることが情けない。

佐野 慎輔(さの・しんすけ)

 1954(昭和29)年生まれ、64歳。富山・高岡市出身。早大卒。スポーツ記者歴30年。五輪を5大会取材。産経新聞運動部長やシドニー支局長、サンケイスポーツ代表などを経て、2014年6月から現職。日本オリンピックアカデミーや笹川スポーツ財団の理事も務めている。