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【サンスポ×日体大】森田淳悟氏、独創性&鉄の意志/バレー

【サンスポ×日体大】

森田淳悟氏、独創性&鉄の意志/バレー

特集:
サンスポ×日体大

★男女日本代表の現状

 2016年リオデジャネイロ五輪で日本は女子が5位、男子は2大会連続で出場を逃した。同年10月に男子・中垣内祐一、女子・中田久美の両監督が就任。初年度の17年に女子はアジア選手権を制し、ワールドグランプリではブラジルやロシアに勝ったが、大陸王者らが集まる秋のワールドグランドチャンピオンズ杯(グラチャン)は5位に。現在の世界ランクは6位。

 男子もアジア選手権を制し、ワールドリーグ2部準優勝など好調だったが、グラチャンは最下位の6位に終わった。現在の世界ランクは12位。

森田 淳悟(もりた・じゅんご)

 1947(昭和22)年8月9日生まれ、70歳。北海道北見市出身。東京・日大鶴ケ丘高-日体大-日本鋼管。高校でバレーを始め、大学1年で全日本デビュー。68年メキシコ五輪銀メダル、72年ミュンヘン五輪金メダル。“ミスターバレーボール”と呼ばれる。引退後の81年に日体大のコーチに就任し、同大の監督や日本協会強化事業本部長などを歴任。2003年、バレーボール殿堂入り。18年3月で日体大教授を勇退。日体大オリンピアンズクラブ会長。

松平康隆

 1964年東京五輪で男子のコーチを務め、翌年から監督。大きくて運動能力の高い若手を厳しいトレーニングで鍛え、独創的なコンビバレーで強化した。72年ミュンヘン五輪で、日本の男子団体球技唯一の金メダル。選手を取り上げたアニメ「ミュンヘンへの道」制作や若い女性をターゲットにした少女雑誌での展開など、PRにたけたアイデアマンでもあった。後に日本協会専務理事、会長、国際連盟副会長などを歴任。2011年12月31日、81歳で死去。

  • 1972年9月3日、ミュンヘン五輪1次リーグのブラジル戦で速攻を放つ森田氏(中央)。相手のブロックはスピードについていけなかった(森田淳悟氏提供)
  • 現役時代の背番号8のユニホームを手にする森田氏。お家芸復活を期待した(撮影・只木信昭)
  • 森田淳悟氏のサーブ
  • バレーボール・東京五輪までの主な国際大会
  • バレーボール・1972年ミュンヘン五輪男子日本代表