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青学大、史上6校目の4連覇!原監督“青写真”通り逆転ぶっちぎり/箱根駅伝

青学大、史上6校目の4連覇!原監督“青写真”通り逆転ぶっちぎり/箱根駅伝

特集:
箱根駅伝
区間1位記録

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★復路

 【経過】36秒差の2位で出た青学大は6区区間賞の小野田でトップに立ち、2位東洋大に52秒差をつけた。7区では林が区間新記録の快走で2位に3分28秒差、8区の下田も区間賞で6分15秒差と独走態勢を築いた。

 東洋大は6区で先頭を譲ったが、10区の小笹が区間賞を獲得するなど大崩れせずに2位を守った。往路3位の早大はいったん後退したが9区の清水、10区の谷口が踏ん張って3位。東海大は3位で出た10区の川端が区間16位と振るわず、5位にとどまった。

★青学大・過去3年の箱根駅伝優勝VTR

 ▼2015年大会 5区の神野が1時間16分15秒の区間賞をマークし、往路優勝の立役者となった。復路では一度もトップを譲らないまま制し、10時間49分27秒で初の総合優勝を飾った。

 ▼16年大会 1区の久保田を含む3選手が区間賞の活躍をみせ、往路優勝。復路でも3選手が区間賞をとるなど首位を独走し、39年ぶりに1区から一度もトップを譲らない往復完全優勝を達成した。

 ▼17年大会 3区の秋山が区間賞の走りでトップに立つ。4、5区でも先頭を譲らず往路優勝。復路では8区の下田が2年連続の区間賞となる快走。3年連続の総合優勝につなげた。出雲、全日本に続いて頂点に立ち、大学3大駅伝の3冠を成し遂げた。

青山学院大

 日本に派遣されたキリスト教宣教師が1800年代後半に設立した3つの学校を源流とし、1949(昭和24)年に開設された私立大学。陸上部は18(大正7)年創部。箱根駅伝初出場は43年で、最下位の11位。76年を最後に出場できない期間が続いた。2004年に原晋監督が就任し、33年ぶりに復帰した09年は22位に終わったが、その後着実に力をつけた。12年に出雲駅伝、箱根は15年に初制覇。16年度には大学駅伝3冠を達成した。OBは神野大地(コニカミノルタ)ら。活動拠点は相模原市。

原 晋(はら・すすむ)

 1967(昭和42)年3月8日生まれ、50歳。広島・三原市出身。中京大卒。大学3年時に日本学生対校選手権5000メートル3位。89年に中国電力陸上部創設とともに入社し、95年に引退。サラリーマン生活を経て2004年4月に青学大陸上部監督に就任。15年の箱根駅伝で初の総合優勝。趣味は「卒業生と一緒に酒を飲んで夢を語ること」。

データBOX

 ◎…青学大が達成した総合4連覇は、2002~05年の駒大以来、史上6校目の快挙となった。これ以前の4連覇以上は1935~38年の日大、59~64年に史上最長の6連覇を達成した中大、69~73年に5連覇した日体大、86~89年の順大。
 ◎…これまで3年連続で勝ったチームは全て4連覇を果たしており、青学大も続いた。
 ◎…初の総合優勝から4連覇は1935~38年の日大、69~73年の日体大(5連覇)以来、46年ぶりの快挙。

箱根駅伝

 正式名称は「東京箱根間往復大学駅伝競走」。世界最古の駅伝大会。世界に通用するマラソン選手の育成を目的に、日本初の五輪マラソン代表・金栗四三の発案で1920(大正9)年に始まった。10月の出雲駅伝、11月の全日本大学駅伝に続く大学3大駅伝の最終戦。毎年1月2、3日に実施。オープン参加の関東学生連合を含め計21チームが参加する。最多優勝は中大の14度。

  • 圧巻の逆転劇で総合優勝。青学大のアンカー、橋間はガッツポーズでフィニッシュテープを切った(撮影・戸加里真司)
  • 3大駅伝の優勝校
  • 最近10年の優勝校
  • 歓喜の輪の中で胴上げされる原監督。チームを史上6校目の4連覇に導いた(代表撮影)
  • 6区、先頭に立つ青学大・小野田(左)(代表撮影)
  • 区間新記録の快走を見せた青学大7区・林奎介、右は8区・下田裕太
  • 青学大の8区・下田裕太から9区・近藤修一郎(右)へタスキがわたる=横浜市戸塚区(撮影・矢島康弘)
  • 青学大の8区・下田裕太から9区・近藤修一郎(手前)へタスキがわたる=横浜市戸塚区(撮影・矢島康弘)
  • 青学大の8区・下田裕太から9区・近藤修一郎(右)へタスキがわたる=横浜市戸塚区(撮影・矢島康弘)
  • トップで10区・橋間貴弥へたすきをつなぐ青学大9区・近藤修一郎(左)=横浜市・鶴見中継所(撮影・斎藤浩一)
  • 総合優勝を決めた青学大の10区、橋間貴弥=東京・大手町(撮影・宮川浩和)
  • 首位でゴールし、総合優勝を決める青学大10区・橋間貴弥=3日、東京・大手町(撮影・早坂洋祐)