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【二十歳のころ 清水久詞(1)】小学生から騎手目指すも…2度挫折し調教師の道へ

【二十歳のころ 清水久詞(1)】

小学生から騎手目指すも…2度挫折し調教師の道へ

特集:
二十歳のころ

 それほどまでに目指した騎手の道でしたが、中3で中央競馬会の競馬学校騎手課程を受験し不合格。あきらめきれず、滋賀県の栗東高に進んだ1年のときに「もう一度受けよう」と決意したものの、今度は試験のときに体調を崩してしまったんです。もう仕方がない。1度落ちていることもあり、「調教師になる」と気持ちを切り替えることができました。もともと騎手の先に、調教師への転身を描いていたこともあったのでしょうね。

 栗東高に進学したのは馬術部が目的。大阪には馬術部がある高校がなかったんです。父が経営する育成牧場が当時、栗東高の近くにあり、実家を離れ1人で引っ越し、そこから通っていました。

 でも馬術部は1年でやめました。騎手の道をあきらめ、本格的に調教師を目指すためには、現役の競走馬がいる牧場で乗るほうがいいと思ったんです。高校と、早朝から晩までの仕事の両立も、好きでやっていたので、全くつらくはなかった。自分が調教した馬を競馬場に送り出し、走る姿を見るのが楽しみでした。高校を卒業し、二十歳のころは、牧場の仕事に明け暮れていました。 (あすに続く)

清水 久詞(しみず・ひさし)

 1972(昭和47)年7月4日生まれ、45歳。大阪府出身。栗東高卒業後、父の貞光氏が経営する競走馬の育成牧場に勤務。97年に栗東・浜田光正厩舎で厩務員となり、同年から調教助手としてGI3勝馬のファレノプシスを担当した。2009年3月に日本中央競馬会(JRA)の調教師免許を取得し、同年6月に厩舎を開業。16年ジャパンCを含むGI6勝のキタサンブラックなどを手がけてきた。JRA通算2412戦178勝。重賞は16勝。